トト様
▼▲▼
今日はあの赤井秀一と会う予定だ。プライベートではなく仕事で。上司の降谷が未だ安室透として喫茶ポアロで働いているため、代わりに自分が行くことになった。そう彼はまだ組織が壊滅しても外では安室透として過ごしている。民間人に溶け込むことで入り込んでくる情報や、色々勝手が良いのだと言って。
「・・・・」
名前は待ち合わせ場所に佇む男をげんなりとした顔で見つめる。数多の女性に囲まれて逆ナンされている男を初めてみた。名前に気づいた赤井は迷惑そうに眉を寄せ、なんとかしてくれ、と口パクで訴えてきた。
仕方がない…。とポーチから指輪を取り出し、左薬指に嵌める。カツカツと靴音を鳴らして彼の元へ向かった。
「うちの主人に何か用かしら?」
ぽかん、と女性たちと一緒に口を開けてこちらを見る赤井秀一に思わず笑ってしまいそうになる。そんな顔出来たんですね。
「ごめんなさいね、この人結婚指輪しないものだから」
腕を絡め、赤井秀一を引き摺るようにして颯爽とその場を離れる。ちらりと後ろにいる女性陣たちを目視すれば彼女達は未だ茫然自失といった感じでその場に立ち尽くしていた。
彼女達が見えなくなったところでようやく腕を離す。
「すごいな」
開口一番にそんな感想を送ってきたポジティブな男にボディブローの一つでもお見舞いしてやろうかと思ってしまう。しかしそこは一旦冷静になり、表情を変えずに名前は淡々と応えた。
「彼氏と言うよりはインパクトがあって、すぐ諦めてくれるのではと楽な方を選びました」
というか、絶対に自分でどうにか出来たはずだ。名前の反応を見て面白がっているのだろう。そんなんだから降谷さんとだけ未だ友好関係が築けないんですよ、なんて胸の内で詰ってみる。
「こちら降谷から頼まれていた資料です」
「あぁ…助かるよ」
「では私はこれで…」
「おいおい…」
「なにか?」
さっさと帰ろうとする名前を忙しないな、と苦笑いで肩を上げる赤井秀一。
「近くにパスタが美味しいと評判のレストランがあるんだ。先の礼も兼ねて食事でもいかがかな?」
「いえ、私は…」
「まだ彼女たちが近くにいるかもしれない」
被せてきた赤井の言葉にぴくり、と眉が動く。
「一人でいるところを彼女たちに見つかって変に絡まれるより、もう少し夫婦を装ってもいいんじゃないか?」
確かに本庁にこのまま戻るには先ほどの道を通らなければいけない。あの様子だとまだいるであろう。遠回りするのも億劫だ。
「どうせ、昼はまだなんだろう?」
その言葉にタイミングよく、ぐぅと鳴るお腹に赤井はしたり顔で「決まりだな」と名前の手を引いて歩き出した。
「ちょっ、ちょっと…」
なかなか強引な彼に名前は小さく溜息を吐き出した。
「あ、美味しい…」
つい、ポロリと出てしまった言葉に目の前に座る赤井秀一が聞き逃す筈もなく彼は満足そうに口隅を上げた。
「君の舌に合ってよかったよ」
フッと涼しい顔で笑う赤井はいつもより雰囲気が柔らかく感じた。彼は弟妹がいるから年下の名前のことも色々面倒を見たがるのだろうか。仕事中も何かにつけては話しかけてくる。
WFBIには不用意に近づくな。隙あらば勧誘してくるぞW
いつぞやかの上司の言葉。再度赤井を見る。やはりどことなく雰囲気が柔らかい赤井に名前は懐柔されてなるものかと誤魔化すようにパスタを口に放り込んだ。
「赤井さん、アメリカと日本を行ったり来たりは大変じゃないですか?」
ジェームズの指示なのか彼が日本に来る頻度は高い。しかし以前のような仲違いはないにしろ彼が来ると少々降谷の機嫌が悪くなる。
「リモートで事足りる時は…」
「君に逢いに来てるんだ」
被せられた言葉。彼はフォークを置いて、名前を見た。
「私に?」
「あぁ、是非とも君をアメリカに連れて行きたい」
W隙あらば勧誘してくるぞW
「ふふ」
あぁ、本当に勧誘してくるんだ、となんだか可笑しくて思わず笑ったら彼がポカンと薄く口を開いた。
「おいおい、笑うところか?」
「だって、本当にFBIに勧誘しにくるなんて…」
彼が一瞬固まり、次には額に手を添えた。ゆるゆると頭を垂れ、被っているいつものニット帽子をくしゃりと握った。
「君が…まさかここまでとはな…」
明らかにがっかりしている。あれ、違ったのかな。
鈍感すぎる…と溢した彼の言葉に名前は少しムキになる。
「こ、これでも降谷さんからは鋭い洞察力があると褒めていただいたことが…」
「あぁ、そうだな。君は仕事はできるが恋愛に対してはとんだポンコツのようだ」
「ぽっ…!」
ポンコツ…!
生まれてこの方言われた事のない言葉のせいで彼が言った言葉をきちんと理解出来ずにいた。固まっている名前に対し「パスタが冷めてしまうぞ」なんて言うから子供のようにパクパクと大口を開けてパスタを詰め込んだーー…
「以前から…君を食事に誘いたかった」
食後に運ばれてきたコーヒーにミルクを入れていた名前は彼がぽつりと放った言葉にカップから顔を上げる。
「私を…?」
「あぁ。だが、彼の許しがなかなかもらえなくてね」
「彼?」
首を傾げる名前に赤井は「今ポアロでバイト中の彼だよ」と言った。
「え…?」
「気づいてなかったのか?君と食事をしたい男は大勢いるんだろうが常に君の隣には彼がいて、牽制してくる」
「そんな、まさか」
「本当だ。現に今君の上司から大量の着信が来ている」
ほら、とスマホ画面を見て目を丸くする。そこには着信54件と表示されていた。
「本当は風見くんを寄こすつもりだったらしいが手違いがあったようだな。お陰で食事に誘えたわけだが」
「私のところには、着信なんて…」
「君の知らないところで彼は色々やってるよ」
君に悪い虫がつかないように。
そう言った彼に名前は困惑した表情を浮かべる。え、だってそんな素振り…
「君に好意を寄せる一人の男として、俺を見てくれないか?」
「え…?」
名前はさらに目を見開く。赤井秀一からの突然の告白。頭に雷が落ちたような感覚だ。
そこで漸く理解した。先ほどからFBIの勧誘などではなく、普通に口説かれていたのだと。これではポンコツだと言われても仕方がない。なぜ気がつかなかった。
W君に好意を寄せる一人の男として…W
途端に顔が熱くなる。
揶揄われてる…わけではなさそうだ。先ほどまであんな涼しい顔をしていた男が今は真剣な目で、しかしどこか緊張した面持ちで名前を見ている。
持ったままのティースプーンに視線を落とす。
初めて、男性から告白をされた。
顔がとても熱い。
でも、
でも、
私の心は…
「あの、ごめんなさ…わっ!?」
突如ぐいっと誰かに腕を持たれ、体が持ち上がる。カランカランッ!とティースプーンが手から滑り落ちた。
ギョッとした顔で、ここに居るはずのない人物を見上げる。息を切らして現れた彼にあの赤井も驚いていた。
「えっ…ど、どうして…」
そのまま腕を引かれ店を出る。咄嗟に鞄だけは持ったが、代金も、赤井秀一もそのままになってしまったーー。
「あ、あの、ふ…安室さん?」
降谷さんと言いそうになり慌てて言い直す。ポアロのエプロンをしたままだ。いったいどうしたというのだろう。
「随分楽しそうに話してましたね。その指輪は彼にもらったんですか?」
笑っている。しかし安室透の話し方なのに何故か威圧感を感じる。
どうして、怒っているんですか。
どうしてそんな息を切らして店に来たんですか
この指輪だっていつも潜入用で使ってるやつじゃないですか。
「もしかして…ヤキモチ、ですか?」
口を衝いて出た言葉に後悔する。目を丸くしてこちらを見る上司に慌てて弁明する。
「す、すみません!今のは…」
「ヤキモチですけど?」
へ?と変な声が出てしまう。パチリ、と目を瞬かせる名前に対し彼は怒気を含んだ声色のまま続けた。
「正直言って、今物凄く妬いてます」
「…っ…」
顔が、熱くなる。
「店に来た園子さんから貴女と彼が楽しそうに食事をしていると聞いて…」
心臓が、痛い。
「園子さんに貴女のいる店を訊いて、気付いたら君をそこから連れ出してた」
「ゆ、指輪は…以前の潜入先で使っていたものです…」
名前の言葉に固まる彼。失念していた、といった顔で名前の腕を掴んでいた手がするりと離されてしまう。温もりがなくなったそこは寂しいと感じてしまった。
漸く勘違いに気づいた彼は少し呆れたようにハハッと笑った。
「情けないな。君のことになると余裕がなくなってしまう」
彼の言葉に足が震える。
少し恥ずかしそうに視線をずらし、首の後ろに手を置く仕草に上司であるのに可愛いと感じてしまう。
「君を誰にも渡したくない」
真っ直ぐな瞳が名前を捕らえる。彼も自分と同じ気持ちを抱いていると思うと胸が高鳴った。
ゆっくり近づいてくる彼をどんな表情で待ち受ければいいかわからない。涙が出そうになるほどに嬉しい気持ちを言葉で表すことが出来るだろうか。
貴方と同じ気持ちだということを伝えたら、貴方は喜んでくれますか?
期待を胸に名前は口を開いたーー…
「好きです」
おわり
2020.10.17
いいね♡
▲▼▲
- 56 -