停電 ⑴
強い風がカタカタと窓を揺らし、降り始めた雨が窓を叩き始める。今朝天気予報で言っていた台風がそろそろ顔を出し始めたようだ。
「わー!すごい風だね」
「おかえり、蘭姉ちゃん」
帰ってきた蘭の髪の乱れ具合からどれくらい風が強かったのかがわかる。
「台風が本格的に来る前でよかったね」
「うん、部活早く切り上げてよかったー」
コンコンコン、とドアのノック音とともに「毛利先生、安室透です。お皿回収しにきました」と声が聞こえ、蘭が出迎える。
「こんばんは、蘭さん」
「安室さんこんばんは。わざわざすみません、今お皿持ってきますね」
「ありがとございます…おや、今夜はカレーですか?」
漂ってきた匂いを嗅ぐようにくんくん、と鼻を動かし上の階を見る。
「みたいですね」
皿を受け取りながら、安室は蘭の言い方にハルが来ていると察したようだ。
「ハルさんですか」
「はい!大会が近いので今日はハルお姉ちゃんにきてもらってます」
「カレーといやぁ…なんでこの間のカレーにしらたきなんて入ってやがったんだ。意外と美味かったけどよ」
小五郎の言葉に蘭はギクっと肩を揺らす。元は肉じゃがだったらしいのだが、和葉が醤油を入れ忘れてしまったため、急遽カレーに変更したらしい。
「美味しかったんならいいじゃない」
苦笑いしながら誤魔化す蘭に小五郎は片眉を上げつつ、「そういや」と思い出したことを口にする。
「その日か。ポアロの前にパトカー停まってたの。殺人未遂だって?」
「えぇ。暗闇に乗じた犯行だったので、目の前で起こったにも関わらず未然に防ぐことが出来なかったんですが…」
「まぁ、被害者が助かったんならそれでよかったじゃねぇか」
ガチャッとドアが開かれ、夕飯を作り終えたハルが顔を出した。
「夕飯できたよー」
彼女は安室の姿を捉えると少し驚いた顔をした。
「こんばんは、ハルさん。お邪魔してます」
「いらっしゃい安室くん」
彼は表情を緩めたあと、また小五郎と話に戻る。ふとハルが目に入る。瞼が寂しそうに下がり、伏し目がちに床を見つめる彼女が気になった。しかしこちらに顔を向けるころにはいつものハルへと戻っていた。
「なんの話してたの?」
「この間、ポアロで起こった事件のことだよ」
「あぁ、あのノートPCのプラグに針金巻いてわざと停電させたっていう…」
フッと突然明かりが消え、視界が闇に覆われる。
「えっ?」
「やだ、停電?」
「ブレーカーじゃねぇのか?」
「どうやらこの強風で電線がやられたようですね。ここら一帯、全て明かりが着いてないです」
「こりゃあ復旧するの待つしかねぇな。懐中電灯、懐中電灯…」
「毛利先生、無闇に動かない方が…」
「お父さん今携帯で照らすから待っ…わっ!」
カシャンッと何かが床に落ちた音。
「蘭、大丈夫?」
「うん…でも携帯落としちゃった」
確かこの辺に…と手探りで探そうとしている蘭にコナンはスマホを取り出す。しかしライトをつける前にハルが口を開いた。
「待って、今私のスマホで照らすか…」
ゴツン!とにぶい音の後に「「あたっ!」」と蘭とハルの声が重なる。ハルの手からスマホが落ちていくのが光の動きでわかる。床に当たった衝撃で明かりは消え、再び視界は暗闇の世界へと戻ってしまう。
「二人してなにやってんだ」
「ごめんなさい、私が床に落ちた携帯探そうとしたから…」
ガシャンッ!と今度は何かが割れる音。おいおいとコナンは呆れたように肩を落とす。
「ちょっと、今なにか割れた音が…」
「皆動かないで!僕が今スマホのライトつけるから!」
「ごめん兄さん、痛かった?」
「あ?俺がなんだって?」
「えっ?」
「あっ…蘭姉ちゃんの携帯あったよ」
「ありがとうコナンくん」
「ご、ごめっ…!」
「おっ、懐中電灯あったあった」
会話に混じるハルと小五郎の声。全く大人しくしてない大人にコナンはため息をつく。
蘭に携帯を渡したあと、見慣れたスマホも発見し、ハルに声をかける。
「ハルお姉さんのスマホもあったよ」
ハルが先程いたであろう場所にライトを向ける。彼女の隣には安室の姿もあった。
「ありがとう、コナンくん」
「どういたしまして」
ハルの表情はどこかぎこちなく、少しばかり赤いのは気のせいか。
「ハルお姉さん、どうか…」
カチカチッと音を立てて上の蛍光灯に明かりが戻る。
「お、意外と早く復旧したな」
「私がどうかした?」
そう首を傾げる彼女はいつもと変わらなかった。暗かったし、そう見えただけなのかもしれない。
「ううん、なんでもない」
「僕、ポアロの様子見てきますね」
停電の際に置いたのか彼は小五郎のデスクの上に置いてあった大皿を持って探偵事務所を後にしたーー。
「そういえばなんだったの?さっきの割れた音…」
辺りを見回してそれらしきものが見当たらないと思った蘭が不思議そうな顔をする。言われてみれば…。とハルも辺りを見渡す。
「窓も大丈夫そうだね。…あれ?確かあそこの棚の上に花瓶が…」
「いいじゃねぇかもう、無事に復旧したんだしよ。それより飯に…」
「「「………」」」
会話を遮る小五郎。三人は訝しげな眼差しを向ける。
「な、なんだよ」
「兄さん…なんか隠してない?」
「別になんもねぇよ」
不自然にその場を動かない彼。すかさずコナンが小五郎の目を盗んで彼の背後にある棚の扉を開ける。
「ばっ、おまっ…!」
そこには割れた花瓶が押し込まれていた。
「あー!その花瓶お母さんにもらった物なのに!」
細かな破片は隅に追いやられ、足で隠していた。子供か。
「無闇に動くからよ!」
床を掃除しながら娘に怒られる兄を遠い眼差しで見つめる。どちらが親かわからない。
「じゃあ私、先に上に行ってカレー温め直してくるね」
破片が入った袋を持って外に出る。上の階にある青いポリバケツの中に無惨な姿となった花瓶を入れ、誰もいない、風の音だけが聴こえる階段を見つめる。湿気を含んだ風がここまで臭いを運んできた。今夜は相当荒れそうだ。
まだ蘭に怒られているのか賑やかな声が探偵事務所から聞こえてくる。それにクスッと笑いながら3階のドアノブに触れた。
視界に入った手を見て、フラッシュバックする。
ぶり返す熱。
思わずドアノブから手を離す。
これ以上はダメだ、と感情に蓋をするように強く、強くもう片方の手でその手を覆い隠したのだったーー…。
2022.04.01.いいね♡