停電 ⑵

蓋を開ければ食欲をそそるスパイシーな香り。美味しく出来たカレーに心弾ませながらハルは安室透がいるとは知らずに、皆を呼びに探偵事務所の扉を開ける。

「夕飯できたよー」

「こんばんは、ハルさん。お邪魔してます」

予告なしの彼の登場に心臓は小さく跳ね上がり、ほんの僅かだがハルに緊張を走らせた。大皿を手に持っているところを見ると差し入れのサンドイッチの皿を回収しにきたのだろう。

「いらっしゃい安室くん」

彼はハルに笑顔を向けた後、すぐ兄へと視線を戻してしまう。なんら変わらない、いつもの彼。どこもおかしなところはないはずなのにあの日から壁を感じるのは気のせいだろうか。

どこか、避けられているような…。

胸に微かな痛みを感じながら、いつも通りを心がける。なんの話をしていたのかコナンに訊いたところ先日起こったポアロでの事件を話していたそうだ。

「あぁ、あのノートPCのプラグに針金巻いてわざと停電させたっていう…」

フッと突然明かりが消え、目の前が暗くなる。

「えっ?」

「やだ、停電?」

「ブレーカーじゃねぇのか?」

「どうやらこの強風で電線がやられたようですね。ここら一帯、全て明かりが着いてないです」

探偵事務所の窓から外を確認しているのか、安室らしきシルエットがうっすらと見える。

「こりゃあ復旧するの待つしかねぇな。懐中電灯、懐中電灯…」

「毛利先生、無闇に動かない方が…」

「お父さん今携帯で照らすから待っ…わっ!」

カシャンッと何かが床に落ちた音。

「蘭、大丈夫?」

「うん…でも携帯落としちゃった」

「待って、今私のスマホで照らすか…」

ゴツン!と額に強い衝撃。

「「あたっ!」」

目の前にチカチカと星が舞う。弾みでハルもスマホを落としてしまった。

あたた、と当たったおでこを押さえる。

「二人してなにやってんだ」

兄の呆れた声がすぐそばで聞こえる。

「ごめんなさい、私が床に落ちた携帯探そうとしたから…」

ガシャンッ!と今度は何かが割れる音。

「ちょっと、今なにか割れた音が…」

音に驚いて無意識に手を伸ばす。指先に触れたそれが兄の腕だとわかると咄嗟にしがみついた。

「皆動かないで!僕が今スマホのライトつけるから!」

兄がぴくり、と反応を示したためにハッと我に返る。知らぬうちに体が密着するほどに腕に抱きついていた。

「ごめん兄さん、痛かった?」

「あ?俺がなんだって?」

「えっ?」

そう聞こえた兄の声は全く別の方向からだった。

「あっ…蘭姉ちゃんの携帯あったよ」

えっ、じゃあこの人はだ…れ…。

「ありがとうコナンくん」

だ、だってさっきまであそこの窓に…!

視線を向ければ先程あったシルエットは無くなっており、ハルの顔に滝のような汗が伝う。

もう答えは一人しかいない。

「ご、ごめっ…!」

慌てて離そうとしたその手を一回り以上大きな手が包み込む。

「危ないから、このままで」

耳に降りかかる声。
びりびりと、体中に電気が走る。
熱が、全身を巡っていく。

「おっ、懐中電灯あったあった」

また別の方向から聞こえる兄の声。どうやらこの男は真っ暗闇の中、ただひたすらに懐中電灯を探し回っていたようだ。なんで大人しくしていないんだと八つ当たりに近い感情を兄にぶつける。

「ハルお姉さんのスマホもあったよ」

コナンのスマホの明かりが徐々にこちらを向く。その光が二人を照らす前に彼はハルから離れた。

「ありがとう、コナンくん」

「どういたしまして」

眩しさに目を細めながらハルはコナンの手からスマホを受け取る。ジッとこちらの顔を見つめるコナン。

「ハルお姉さんどうか…」

コナンの言葉に表情を慌てて元に戻す。運良くそこで明かりがついたために、それ以上何も聞かれることはなかった。

「お、意外と早く復旧したな」

「僕、ポアロの様子見てきますね」

まるで…

まるで、何もなかったかのように彼は探偵事務所を後にしたーー。

「………」

ブクッと気泡が弾ける音に我に返る。いつの間にか煮詰まっているカレーに気付き、慌てて火を止めた。

「ハルお姉ちゃん、よそるの手伝うよ!」

「ありがとう、蘭」

彼の行動は二次災害を避けるためで、
良くしてくれるのは自分が毛利小五郎の妹だからで、
深い意味なんてなくて、
だから、だから、

変に、意識なんてしたくないのに。

外ではハルの心情を表すかのように風が荒々しく吹き荒んでいたーー…。
 


2022.04.01.いいね♡

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