告白

「さてと…いつも通り翼を広げて…おいとましましょうかね」

鐘塔の壁に手をつき、飛び立とうとしているキッドの右手首にガチャッと手錠を掛ける。

「え?」

「やっとお逢いできましたね…。月下の手品師…いや…令和の魔法使いさんでしたっけ?」

「な、なんで⁉︎アンタさっき下にいたじゃねーか‼︎」

先程まで下の階に居た男が機動隊員の恰好で最上階に現れたことに驚異の目を見張る彼。安室がタネ明かしにその男は自分に変装した公安の風見であることを伝えると開いた目をさらに丸くさせた。
なぜならキッドが先程まで入れ替わっていた人間こそが風見裕也であったから。
まさかその人物が別の人間に扮して現れるなど思いもしなかったのだろう。

「で、でも声がアンタだったよな?」

風見に貸した帽子のツバの裏にスピーカーをつけ、江戸川コナンの探偵バッチで声を出していたのだと告げたら、やっと納得したように肩を下げた。

「まぁ…ちょうどいいや。これアンタから園子お嬢様に返しといてくれ」

動かす左手に身構える。ミスディレクションは奇術マジックでよく使われる手法…。変幻出没する彼だ。なにを仕掛けてくるかわからない。

些細な動きも見逃すまいと警戒を強めると、キッドはそれを察したのか軽く手を挙げ、何も持っていないとその内側をコチラに向けた。
安室の目つきが鋭さを増す一方でキッドは嘲笑うかのようにその目を細め、手のひらを閉じると、そのまま手首の内側が上を向くように握り拳を安室の前に差し出した。それをゆっくりと広げるとポンっと軽い破裂音と白い煙。風に吹かれ、見えた手のひらの上には彼女のトランプが乗せられていた。

「ほらよ」

「………」

なかなか受け取ろうとしない安室にキッドは訝しげに眉を寄せる。

「あん?ちゃんと本物ですけど?」

「いや、悪い。そうじゃない」

「じゃあ、なんだよ」

「ある女性に君のサインを…」

咄嗟に口を噤む。犯罪者である彼に何を頼もうというのか。どうかしていたと「いや、悪い。なんでもない」と首を振る。

「サイン?」

「いいんだ。忘れてくれ」

たとえ彼が今この場でサインを書いたとしても警察官という立場上、それを彼女にプレゼントなんて出来るわけがない。

「ある女性って?」

「ん?あぁ…毛利小五郎の妹で毛利ハルという…」

「毛利…ハル?」

その名に彼の表情が動く。まるで遠い昔の記憶から取り出してきたようなその言い方に思わず訊いてしまう。

「知ってるのか?」

「あぁ、ちょいと…な」

以前は色紙を持って現場に顔を出していたというから彼女を知っていてもおかしくはない。しかし小骨が喉につかえたような、どこか釈然としないものがあった。妙なことはするなと彼に釘を刺して置くべきか…。

「いいぜ?届けてやっても」

まるでこの状況から逃げ切れるとでもいうようなその物言いに安室は掴んでいる手錠に力を込める。

「随分自信があるんだな」

「その方がアンタも都合いいだろ?」

確かに自分が直接渡すよりその方法が適切だろう。空から落ちてきたものを彼女がWたまたまW拾ったのなら、致し方ない。まあ、だからといってみすみす逃すつもりはないが。

「何故急にそんなことを?彼女とは親しい間柄でもないんだろ?」

「さぁな。WアンタWに貸しを作っておくのも悪くないと思っただけさ」

含みのあるその言い方は、探偵の安室透か、はたまた公安のーー…どちらに向けてなのか定かではないが、モノクルで隠れているその瞳の奥は静かに笑っていたーー…。






「私の話…聞いてくれる?」

頷いてくれた彼にハルは嬉しそうにサインの入ったトランプを大事そうに両手のひらで包み込む。

「その前に一つ聞きたいんだが…」

「え?なに?」

「…怪盗キッドとは知り合いなのか?」

その質問に心臓がどきりと音を立てる。
昔、黒羽盗一に会いに行くという有希子に一度だけ着いて行ったことがある。その時、父親と一緒に来ていた黒羽快斗に言ったのだ。

W君がいつか世間を轟かせるほどの大怪盗…じゃなかった…えと、奇術師になったら、サイン、くれないかな?宛名は私の名前じゃなくて…W

「…昔、ちょっとね」

確か当時彼は小学一年生くらいだったはず。
十年も前にした約束を覚えていてくれたなんて。
しかしよかったのだろうか。
あの時した約束は黒羽快斗本人。これでは怪盗キッドは黒羽快斗だと認めることになるのでは…。

「彼と同じ返答なんだな」

「え?」

物思いに耽っていた頭を上げる。薄暗い街灯は彼の表情をうまく隠しており、何も読み取れない。

「いや、なんでもない。話の腰を折ってすまなかった。君の話を聞こう」

「ありがとう。えと…このサインはね?実は幼い頃に親友の子と約束したもので…」

やっちゃんの両親は転勤族で、ハルが小学校に上がる頃に近所に越して来た子だった。ハルの両親も共働きで、一人で家にいる時間が多かった自分達は自然と仲良くなり、どちらかの家に遅くまで入り浸ることが増えた。

その時、彼女の家に置いてあったのが『まじっく快斗』と『名探偵コナン』の漫画で。
彼女は怪盗キッドの大ファンで、将来は彼のような奇術師になりたいのだとよく話してくれていた。折り紙も指先が器用になるための練習の一貫だったと。

あの時の自分達はまだ現実と空想の区別がついておらず、漫画に書かれている人物は本当に実在すると思っていた。
だから…

「その子が遠くに引っ越すことになった時…私が手紙のやりとりだけだと不安だって言ったの。そしたら…」

Wハルちゃん!約束ね!次会うときは私ーー…W

「いつか、怪盗キッドよりすごい奇術師になって、テレビや雑誌に取り上げられるような有名人になるから…そうしたらそれを頼りに会いに来て…って」

向こうで彼女は今、何をしているだろうか。

「その時に私が、夢を叶えたお祝いにキッドのサインをプレゼントするって約束して…」

きっともう渡すことは出来ないけれど、せめて手元に置いておきたかった。約束だけは果たしたかった。

「今、その女性は…?」

「…………」

ハルはゆるゆると首を振る。

「わからない」

元気にしてくれていたらそれだけでいい。親友も、両親も。

「毛利先生に頼んでみたらどうだ?」

寂しげに笑いながらまた首を横に振る。

「いいの。もうそんな昔の約束、向こうは覚えてないかもしれないし」

だから大丈夫。と言えば、安室もそれ以上は何も言わなかった。

「それで…ここからが本題なんだけど…」

言葉の端に重苦しさを乗せる。
ハルは再びトランプカードを握りしめ、どこまで、話すべきか頭の中でもう一度整理した。

「こんなこと…急に言われて、頭のおかしい人間だと思うかもしれないけど…」

それでもあなたに、聞いてほしいと思ったんだ。

「私、その…少し前まで、未来がわかってた時期があって」

家族にも誰にも言っていない秘密。

「…未来?」

「全てではないんだけど、みんなの過去とか、誰がどんな運命を辿るのか…とか」

顎に手を当て、考える素振りをしている彼にじんわりと手に汗が滲む。

「俄には信じがたい話だが…」

「ふふっ…信じなくていいよ」

信じろという方が無理な話なのだから。彼らしい返答に頬を少し緩めた。

「今はもうわからないんだけど…その見えていた未来には、私は…W毛利ハルWという人間は、存在しなくて…」

「君自身の未来が分からない…ということとは少し違うのか?」

「それもある…けど…」

自分は別の世界の人間で、今生きているこの世界は本の中の世界。

そう、頭によぎった言葉は、なんとなく口に出せず唇を閉じた。

たとえこの世界が本の中だったとしても長くここにいたハルにとってはもう現実だったから。

「ごめん…こんなわけのわからない話をして…」

「もしかして君がここ最近、僕らを避けている理由はそれに関係してる?」

「気づいて…たの?」

「コナンくんがね」

さすが新一、よく見てる。

「何度か未来を変えようと行動してたら、ある日…未来にはなかった事故が起きて…」

「毛利先生が爆発に巻き込まれた日から君が事件の依頼があっても避けるようになったと聞いたが、もしかして…」

「うん…。そこから踏み込むのをやめた。未来のわからない今はヘタに動けなくて…とり合えず会社に異動願いを出して、皆から離れることにしたの」

「そうか」

彼は顎に当てていた手を取り、少し間を置いてから口を開いた。

「人の過去や運命がわかると言っていたが…それは僕のことも?」

この話をしたら絶対に訊いてくると思った。
躊躇いがちにコクッ…と頷くと彼の足が一歩ハルに近づく。ちょうど街灯下のそこは、彼の表情を露わにした。

「たとえば?」

重く、鋭さが混じった声。唇はカサカサに乾いており、舌で潤しても大して変わらない。息を吸い、吐き出したながら彼の正体を口にする。

「公安の…降谷、零…くん」

目を剥く彼に無意識に息を潜めてしまう。

「あなたに前に爪楊枝を渡したのは、あの日友人の墓参りにお供えすると思ったから」

「なっ…」

「あなたと少し距離があったのは…組織の…バーボンとしての裏の顔もあることを知ってたからで…」

口を手で覆い、動揺している彼の顔は険しかった。

「他にも話す?」

「…いや、十分だ」

沈黙が続く。感情を隠しきれず、表情が露わになっている彼も珍しかった。

最後は笑った顔がよかったんだけどな…と彼への想いを憂いて寂しげに瞼を伏せる。

ーー言おう…

今ほど場違いなセリフは他にはないなと自嘲気味に笑いながら、それでも今しかないと意を決す。

「安室くん…好き」

口を覆っていた手が離れ、彼の目はゆっくりとハルを瞳に入れる。

「わたし…あなたのことが好き」

大丈夫。これで終わりにするから。
もうあなたの前に二度と現れないから。

「バ…」

言おうとした言葉は直前に思いとどまる。

Wバイバイだね…零くん…W

エレーナとの別れを彼がトラウマに思っているかどうかはわからないが、なんとなくその言葉は避けた方がいい気がした。

「またね!安室くん!」

ハルは笑顔で別れを告げたーー。



2022.12.24.いいね♡

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