約束の電話(end)
二年前ーー
《ーーん?安室透か?》
「そうですが…あなたは?」
《待て、今本人に代わる。ハル出たぞ》
ハルのスマホから別の人間が出たことに少し動揺したが、本人はすぐそばにいるようで、少し離れたところから「と、とりあえず一旦水を飲ませてください!」と彼女の声が聞こえた。
電話口からガヤガヤと聞こえてくる雑音。従業員らしい人の声からどうやら店の中のようだ。
《おい…!おまッー》
男の声がしたかと思えば直後にダァンッ!!と何かが床に叩きつけられるような凄まじい音。騒めく声に何かあったことは確実だった。
「ハルさん?大丈…」
《…ヒック》
「………」
聞き間違いだろうか。聞こえてきた吃逆に目を白黒させる。まさか酔っ払って…?いやいやもしかしたら泣いて…
《あむろひゅんれすか?》
酔っ払っていた。酒に飲まれても呂律が回らないほどではなかったのに。いったいどれほど飲んだのだろう。
「それより、今すごい音が…」
まさか一本背負いでも誰かに咬ましたのだろうか。
《よこみぞけーぶ…大丈夫?》
すると最初に出た女性が笑いながら遠くで「重悟は大丈夫だ!なっ!」と恐らく被害に遭ったであろう男性に半ば強制的に大丈夫と言わせたあと、ハルに電話を続けるよう促していた。
とりあえず、彼女に何かあったわけではなさそうで安心した。
「………ハルさん、先にお水飲みましょうか」
《あっ、はい。大将、お水を…》
緊張感のない彼女にすっかりこちらも気が抜けてしまう。もう二度と聞くことはないと思っていた彼女の声をこんな形でまた聞くことになるとは。
「ちゃんと飲めました?」
《うん》
素直な彼女に自然と笑みが溢れていることを降谷は知らない。彼女がふーっと長い深呼吸をした後、また話し始めた。
《急にごめんね。わたしとは、もう話したくないかも…だけど》
酒の力を借りてまで降谷に言いたいこと。いったい、何を言われるのだろうとつい身構えてしまう。それでも電話に出たのは、微かに期待している自分がいるからで…。
《でも、もう一度気持ちを伝えたくて》
別れ際の彼女の傷ついた顔が頭を掠める。話したくないと思われているのはむしろ自分の方だと思い込んでいた。中途半端な態度を取って恨んでいると思っていたから。それなのに…
《わたし…たぶん、ずっと、きっと一生…あなたのこと好き…だから》
「…っ…」
《だから、》
彼女の日本語はめちゃくちゃで。
Wたぶん、ずっと、きっと一生W
なんて曖昧でちぐはぐな言葉。なのに胸の奥は火がついたように熱く、鎖で蓋をしていた気持ちは簡単に解かれてしまう。
《全てが終わって、なんの柵もなくなって、それで、その…》
次の言葉を待ち侘びている自分がいる。
《もし、少しでもわたしに気があったら…わたしと…》
そこで初めて自覚する。彼女のことが嫌いならそもそも電話には出なかっただろう。
彼女が降谷の素性を知っていようが、過去や運命がわかっていようが、そんなこと関係なく自分はハルのことが好きなのだと。
《わたしと…》
ぎゅっとスマホを持つ手に力が入る。
「待って、ハルさん。その先は僕から…」
《わたしと結婚してください!!》
ブツ!と一方的に切られた電話。
「……」
え?と降谷は意味もなく暗くなったスマホ画面を見つめる。
彼女は今、なんと言った?
けっこん…
結婚…?
ポカン、と口を開けたまましばらく放心していると風見と目が合った。ここまで近づかれるまで気づかなかったなんて。
結構前からいたようで、複雑な顔をしている彼に随分心配をかけてしまったことがわかる。
全く、色恋沙汰で心を乱されるなど情けない。今回のことで彼女がいかに自分に影響力があるのか思い知った。そして今しがた受けた突発的な告白に満更でもないと思っている自分がいるのも恐ろしい。
今、気持ちのまま彼女とそういう関係になったとしてもきっと上手くはいかないだろう。潜入捜査中の身としては一番に避けるべき事。これ以上の失態は許されない。
Wなんの柵もなくなってW
彼女に危害が及ばぬよう組織の残党全て残らず方がついたら…。
それまで彼女が待っていてくれるなら…。
その時は彼女をいの一番に迎えにいこう。
あの酔い方で覚えているかわからないが、たとえ君が忘れてしまっていても構わない。君が一歩踏み出してくれたんだ。それに応える誠意を今度は自分から見せにいきたい。
そんなーー
忘れることのできない記憶を胸に抱えながら、降谷は二回目の春を迎えようとしていたーー。
おしまい
2023.09.02.いいね♡