その後


それは自分がまだポアロに在籍していた頃の話ーー…


「あっ、そういえば仲直りしたんだって?蘭のおじ様とおば様」

「うん!でもすぐには一緒に住まないみたい」

「えっ、どうして?」

「離れて暮らした方が上手くいくこともあるのよってお母さんは言ってたけど…」

「ふーん。案外付き合い立てラブラブ期間をやりたいだけだったりして」

「ラブラブ期間?」

「離れてる間も相手のこと考えたり、連絡がこなくてヤキモキしたり、デートの待ち合わせ場所で相手を待ったり…つまりは一緒に住んじゃうとできないことよ」

「でも10年以上別居してたのに…」

「それはそれ。これはこれよ」

何はともあれ良かったね、蘭。と今までのことを知っている園子が表情を緩めながらそう口にすると蘭の頬も自然と上がる。

「ありがとう、園子」

「よかったですね」

二人の間に注文したケーキとアイスコーヒーが置かれる。顔を上げるとそこには笑顔の安室がいた。

「でもあんなに拗らせてたのにどうやって仲直りしたの?」

「お母さんから聞いたんだけど、お父さんがもう一度プロポーズの言葉を言ったみたい」

「それって白鳥警部の妹さんの結婚式でおば様が話してたやつ?」

「そうそう!」

「へぇ。後学のためにどんなセリフかお聞きしても?」

「おじ様にしてはなかなかにキザなセリフだったよね」

「えーっとですね…」







ー現在ー


「あ、そうだ。ハルお姉ちゃん!買ってきてくれたお茶っ葉って…」

「………」

「ハルお姉ちゃん?」

「………」

「おーい!」

目の前でヒラヒラと手を振ると数秒遅れてやっと彼女は蘭を見た。

「ご、ごめん!ぼーっとしてた!な、なんだっけ?」

「本当に大丈夫?検査じゃ何もなかったって聞いたけどやっぱりどこか悪いんじゃ…」

蘭が心配するのも無理はない。東都デパートでの一件以来ハルは時々ぼーっとしては何かしらのドジを働いているのだ。昨日来た依頼人に出すお茶は並々を通り越して溢れていたし、つい先程も掃除機のコードに足を引っ掛けて最大にこけていた。
爆発の衝撃で体を打ちつけ気を失っていたこともあったため、念のため病院で検査はしたがとくに問題はなく、その日は入院もせず事情聴取も後日にして家に帰ったと聞いたが…。様子のおかしなハルに蘭はもう一度病院へ連れて行くべきか迷っていた。

「違う違う!なんか色々思い出しちゃって。それより美味しいお茶菓子も一緒に買ってきたんだ!そろそろお茶にしよう?」

「う、うん…」

蘭は浮かない顔のままハルが用意してくれたお茶菓子を口にする。少し前にSNSで話題になったそれは蘭が以前から気になっていたものであり、想像以上の味に「あ、美味しい…」なんて浮かない気持ちとは裏腹に素直な感想が口から漏れ出てしまう。そんな蘭にハルは嬉しそうに笑った。いかんいかんと気を取り直すためにお茶で喉を潤した後に蘭はもう一度口を開いた。

「思い出しちゃうって事件のこと?」

「え?あー…」

目を泳がせ、歯切れ悪く応えるハルに蘭の表情はまた曇ってしまう。ハルが事件に巻き込まれたことを知ったのは母から連絡を受けたことがきっかけだった。東都デパートでの事件をニュースで知った母が先日ハルとそのデパート内にあるジュエリーショップの話をしたことを思い出し、連絡の取れないハルを心配してだった。妙な胸騒ぎを感じていち早く新一に連絡をしてよかった。案の定ハルは巻き込まれていた。

やはり事件のことがトラウマになっているのだろうか。一度父が爆発に巻き込まれたことで事件関係を全て遠ざけるようになったぐらいだ。蘭の表情に気づいたハルが慌てて手を振る。

「そんな深刻なやつではなくて!」

「でもやっぱり心配だよ」

少し顔を赤くしているハルに対し蘭の表情は暗くなっていく。ハルは一度天井を仰いだあと、また蘭に視線を戻した。

「じつは、あ…むろくんが、ね?あの日助けに来てくれて」

その名にパッと表情の翳りが消える。

「あ!この話内緒ね!今やっかいな事件に関わってるらしいから自分が関わってることは内密にしてって…」

まるでどこかの推理オタクを思い出させる聞き覚えのあるセリフ。

「だからあまり詳しいことは言えないんだけど、久々に会ったからか白昼夢のような感じでさ。あんまり現実味がなくて…。むしろ事件のことなんて頭から消えてたというか」

「…ラブな感じ?」

ぶっ!とハルは飲んでいたお茶を吹き出した。

「ひ…ひみつです」

えーー!と不満げな声を上げるとちょうど探偵事務所のドアが開き父が入ってくる。ハルは逃げる様にお茶菓子とお茶を父に持っていった。

「ハルお姉ちゃん話はまだ…」

ガンッ!と持っていく途中テーブルに足をぶつけ熱いお茶が父の足にかかってしまう。

「あっっっつ!!」

「わっ!ごめん!」

「てめぇ!この間から何度も何度も!今日はもう帰ぇれ!!」

「め、面目ない…」

「………」

シュンっと項垂れながらハルはタオルを取りに給湯室へと姿を消す。競馬雑誌を広げながら「ったく!まるでロンドンの時の蘭みてぇだな」と溢した。ぱちり、と蘭は瞬きする。

「えぇ!?私こんなひどい時あった?」

さりげなく酷いことを言うじゃないかとハルが微妙な顔をしながら父にタオルを渡す。

「まぁ、ここまでじゃなかったが…。ほらあのダイアナってオバさんとのディナーすっぽかした翌朝とくによ」

「………」

それって…。
徐々に見開いていく目に気づいたハルが着替えを取りに行くといって上の階へと脱兎の如く逃げてしまう。途中階段でこけたような音がしたのは気のせいだろうか。

赤らめた頬を両手で包み、蘭はハルが出て行ったドアをしばらく見つめていた。

だって…。だって、ロンドンでのその時の自分は新一に告白された後だったのだから。

もしかして。もしかしなくても。そうなんじゃない?ハルお姉ちゃんもしかして安室さんに告白された感じ?
嘘嘘!すっごい嬉しい!!

と、上機嫌に踊る蘭を小五郎は怪訝そうな顔で見つめたのだったーー。





「あー…やってしまった」

挙動不審にも程がある…とハルは兄の着替えを出しながらへたり込む。

事件に巻き込まれた記憶など吹き飛ぶほど降谷との出来事は衝撃的で。未だハルの脳内はそれでいっぱいだった。

蘭にバレるのは時間の問題だ。しかし正直に打ち明けるには色々と彼に確認しなければならない。あの日安室に会ったことは毛利の人間になら話してもいいと確認は取ったが、それ以外はまだ聞けていない。何かと忙しい彼とはあれ以来会えていないのだ。余計夢だったのではと思う日々が募り、蘭が心配するほどのポンコツ状態が出来上がってしまった。「はぁ…」と憂鬱混じりのため息が漏れ出る。

ピロン、とスマホからメッセージを知らせる音。誰だろうと未だへたり込みながら気怠げにスマホを取り出した。

「あっ、わっ、」

驚いて一度スマホが宙を舞う。慌ててキャッチし、もう一度名前を確認する。

『安室透』

居酒屋で千速との出来事をきっかけに名前のあとにつけていた♡はすぐ消した。湧き上がる羞恥心もその日のうちにビールで腹に流し込んだつもりだが、時折り胃から姿を見せては床に顔をぶつけたくなる。

もう一度スマホに表示された名前を見る。瞳にその名が映るたび心臓はバクバクと激しく体の内部を強く叩いた。少し震える指で画面に触れる。

【今夜、君に会いたい】

たったそれだけなのに…
息が止まるほど、
涙が出そうなほど、
嬉しいわけで。

「はぁ…」と次に出たため息には少しの緊張と多幸感溢れるものとなっていた。


夜が、待ち遠しい



おしまい
2024.6.15.いいね♡

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Largo