に
これは安室が振り回されるきっかけとなる話。でもきっとこの前から振り回されてるよねって話。
「んー!安室くんすごく美味しいよ!完璧!」
「ありがとうございます」
お昼すぎ、彼女を新作デザートの試食に呼んだ安室。食べ終わり「そういえば…」と彼女は紅茶の入ったカップをソーサーの上に降ろした。
「いつも試食のとき呼んでくれるけど私でいいの?」
「え?」
「ほら、もっと専門的な意見を言える人の方がいいのかなって…」
いつも…?
毛利小五郎の妹が頻回に探偵事務所に出入りしていると知り、何かの際には利用出来るかもと彼女を見かけては声をかけ、距離を詰めようとしていたことは確かだ。思い返してみれば前回も前々回もその前も…彼女をここに呼んでいることに気づいた。
既に毛利小五郎の弟子という形で上手く懐に入り込めたのだから、もうこんな執拗に彼女を誘う理由なんてないはずであるのに、なんで、
「美味しいケーキに加え、新しい茶葉が入ったらこうして試し飲みまでさせてもらってるのに毎回大したコメントもアドバイスも出来なくて…」
そう申し訳なさそうに眉を下げるハル。
「いつも本当に美味しいし、文句のつけようのないほど完璧な仕上がりだから言葉に嘘はないんだけど…」
自分の反応などあまり参考にならないのではとずっと気にしていたらしい。カウンターキッチンで洗い物をしていた安室は首を横に振った。
「評価はハルさんの食べている時の表情だけで十分ですので」
「え?わたしの表情?」
どんな顔で食べてるのか問われれば安室は少し考えるように視線を上に向け、「内緒です」と小さく笑った。
「えー!すごく気になるなー!」
「また試食に付き合ってくれたらお話しますね」
「ほんとう?」
本当です。と微笑んでみる。しかし教えてくれなさそうと笑うハルに安室は笑顔そのままに胸の内で苦笑いを浮かべた。
「あっ、そろそろ始まる時間だね。ごちそうさまでした」
仕込みなど午後の準備の邪魔をしてはいけないと思ったのかそそくさと帰り支度をする彼女。背もたれに置いてあった鞄を一度カウンターテーブルの上に置くと底が不安定だったのか直後に倒れてしまう。拍子に数枚の写真がテーブルの上に散らばり、慌てて拾う彼女に安室もキッチン越しから手を伸ばす。不可抗力で目にしてしまった一枚の写真に思わず凝視。男装した、今より少しだけ若い彼女がそこには写っていた。
「もしかして高校生の時のハルさん…ですか?」
「わっ!ごめんなさい」
ささっと安室の手から奪い取り、恥ずかしそうに鞄へとしまう。気まずい空気の中、気になる素振りを見せれば彼女はおずおずと話してくれた。
「実は…園子ちゃんから学園祭のことについて色々相談されてた時期があって…」
「学園祭?」
「蘭達が通ってる帝丹高校に私も通ってたから」
学園祭でハルのクラスはシェイクスピアのロミオとジュリエットを劇でやることになり、さらに彼女はそのロミオ役に選ばれたらしい。仕事で来れない兄の代わりに幼き蘭、新一、園子を招待したのはいいが、さすがに退屈だったのだろう。爆睡する新一に二人が怒りながら起こしているのを引率者である新一の母親から聞いて笑った記憶があると言った。学生にしてはクオリティの高い男装もその母親から教えてもらったのだとか。
「その時の劇を園子ちゃんが覚えてくれてたみたいで。自分たちも劇をやるから色々参考にしたいって」
ロミオとジュリエットを凌ぐ超ラブロマンスな話にしたいのだと語っていたそう。また蘭の相手役の黒衣の騎士も当初は園子がやる予定だったため、男装のやり方や脚本の書き方など時間を見つけてはなるべく園子に教えていたという。結局黒衣の騎士は園子の手首の捻挫により男性校医に代役が決まり、男装する必要がなくなってしまったそうだが出来上がった脚本はとても面白かったそう。夜遅くまで一生懸命練習していたのを知っていたが故、起きた殺人事件で中断されてしまったのが余計悔やまれると言った。
W殺人事件Wと聞き、その時のことを詳しく聞きたかったのに次の彼女の言動に開きかけた口は閉じてしまう。
「話してるうちにだんだん懐かしくなって…。昨日ちょうど高校の同窓会があったからアルバム引っ張り出してその時の写真を持っていったの」
鞄に入れっぱなしだったのをすっかり忘れていたと彼女は照れくさそう笑った。対し「同窓会…?へぇ…」と安室の目が少しだけ据る。
「うん!集まり悪くて女子だけだったんだけどね」
「そうですか」
途端細めていた目が元に戻ったことに安室自身も、ハルも気づくことがないまま、彼女は昨夜のことを話す。高校生の頃とは異なり、少しだけ価値観が変わった旧友たち。当時と違った見解でロミオとジュリエットの話をすることが出来たのがまた楽しかったという。
「Wバラとよばれるあの花は、ほかの名前で呼ばれようとも甘い香りに変わりはないW」
そう発したハル。過去へと気持ちを戻しているのか少しだけ頬を染めながら目を閉じる彼女に視線が釘付けになる。
「私、この台詞が大好きで」
代々敵対してきた家系に生まれ、それ故に結婚を許されなかった二人。その時ジュリエットが「名前がなんだというのか。宿敵モンタギュー家の生まれだなんて関係ない」とロミオに訴えるシーンだ。
「それがたとえ仮の姿だったとしても、大切なのは名前ではなく中身だと…?」
ーーー今君の目の前にいる男が仮初の姿でも君は受け入れてくれるのだろうか。
ふとそんな考えが頭に浮かび、振り払う。
なにを…彼女に求めているというのか。
二人を隔てているカウンター席から真っ直ぐに見つめてくる瞳に気づいて、慌てて口を開いた。
「すみません、今のは…」
「そうだね」
そう柔らかく笑った彼女。無言のまま固まる安室にハルは首を傾げた。
「安室くん、どうし…」
「あれー?ハルさんきてたんですね!」
彼女に触れようと伸ばしていた手は梓の声により咄嗟に背中に隠す。
「梓ちゃん!こんにちは!実は新しいメニューの試食にお呼ばれして…」
ホッと胸を撫で下ろすように安室は胸に手を添える。小さく跳ねている心臓は彼をより混乱させた。
理由が定かではないまま安室は次もまた新作メニューの試食にハルを呼ぶのだったーー。
おしまい
2024.09.01.いいね♡