わかる
「ダグラス」
「マスタングの犬になった奴が今更なんのようだ」
憲兵司令部のヘンリ・ダグラス。細目でメガネをかけ、少し骨張った顔は薄暗い廊下のせいかさらに強面に見える。だが原因は明るさではないようだ。あきらかに不機嫌である。エナン・ガーネットはすかさず要件を言った。
「焼死体は本当にマリア・ロスのものだったの?」
「歯の治療痕が一致していると鑑定医が言ったんだ。間違いない」
「歯型でないと判断できないほど黒焦げだったのね?」
彼女の言葉にダグラスはその焼死体を思い出したのか、呆れたように溜息を吐いた。それをエナンは肯定ととった。
「全く…。友人の仇だか、点数稼ぎだか知らんが、マスタングという男を俺はますます嫌いになったよ」
「ちなみに鑑定したのは誰?」
「ノックスだ」
その名を聞いて何を思ったのか彼女はなるほど、と呟いた。
「マリア・ロスの脱獄を手伝った奴もいるって聞いたけど」
「あぁ、こいつだ」
脇に抱えている資料から似顔絵が描かれている用紙を一枚彼女に渡す。
「随分極悪な面ね」
しばらくその絵を見つめたあと彼女は用紙をダグラスに返す。用紙を小脇に戻す際、ダグラスは彼女の表情を盗み見る。微々たるものだが口端が少なからず上がっている。満足した情報が得られたという顔だ。他人がみたらただの無表情だが、他の人より接する時間が多かった自分だからこそ見つけられた数少ない変化だ。
礼を言ってこの場を立ち去ろうとするその背に彼は問いかけた。
「こんな夜中にまだ軍に残って仕事か?それとも…」
鑑定が終わるのを待っていたのか?
直属の上司になったマスタングに聞かず自分の所に来たということはそういうこと。含みを入れたその言葉に気づいたのか、立ち止まった彼女は顔だけ少し振り返る。完全には見えないそれ。だけどわかる。きっとまたあの無表情だ。
「どうぞ、お好きに」
どちらにとっても構わない。好きに推測するがいい。そう言われた気がした。
すでに小さくなっている彼女の背にダグラスは二度目のため息を吐いた。
彼女との出会いはそう最近のことではない。だが親しいわけでもない。お互いがお互いの必要な情報を時々交換する程度。今だ掴みどころのない彼女は少し不気味にすら思う。
軍法会議所勤務の癖が抜けず気になる事件を聞きに来ただけか、はたまた別の目的か
いったい何を考えているー…?
ノックス。
それはその鑑定が確実のものであると物語っていた。彼はイシュヴァール殲滅戦にもいた名医。そんな彼に皆は絶対の信頼を置いている。ミスはありえない。
そう絶対に、ありえない
そう思っているからその鑑定結果を疑わない。
焼死体は関係者以外は見れない。いくら焼いた張本人の部下であるとはいえ、自分にその権限はない。死体を確認することは不可能だが、不可解な点はいくつかある。いくら友人の仇だからといって証拠不十分もいいところの彼女を疑いもせず殺すだろうか。恨みがましく黒焦げにするのはやりすぎだ。
マスタングはそれほどバカな男ではない。
二人はグルで間違いはない。
だが彼が最近ノックスと連絡をとっている様子はなかった。
焼死体の異変に気づいて、直前にマスタングの意図を汲み取ったのか?
どちらにせよハボックの見張りがなくなったのはこちらにまで人を回す余裕がマスタングにはないということ。ファルマンが数日前から見かけないのも気がかりだ。
ブレダも今日から有給をとっている。
それとどういう経緯で知り合ったのか知らないが、バリーもグルだろう。バリーの姿をみて、『奴ら』が動き出さないはずがない。
マスタングがこれからホムンクルスと接触する可能性は多いにある。
明日以降の動向が見極め時だ。
こちらも動き出さなくてはーー…。
そして翌日ーー
東方司令部から移動してきたマスタングの部下は彼以外、皆が有給をとる形となった。
いつも通り他の部下が仕事をこなしているなか、マスタングだけはエリザベスという女性と軍の回線で電話をしていた。
「ホークアイ中尉が休みになったとたんこれだ」
「本当にあの人『お守り』だったんだな…」
ひそひそと愚痴をこぼす部下に気づいているのかいないのか…
すると今まで笑顔で話していた彼の表情が一変する。ガチャン!と大きな音を立てて電話は切られた。早足で部屋を出て行こうとする際、戸惑う部下が声をかける。
「た、大佐!どちらへ行かれるのです!?」
答えず行こうとする彼にエナンは入口に立ち塞がった。
カツンーー
立ち止まった彼と視線が交錯する。
「…っ!」
「どちらへ?」
余程余裕がないのか、こちらのことも気がかりになっていることが表情に隠せていない。
「少し、所要ででる!」
「そうですか」
通り過ぎる彼を横目で追った。
そのまま目を閉じエナンは口隅を上げたーー…
終わり
2013.02.03.
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