Largo


イシュヴァラ


「ハボ、傷の具合どうだ」

「おぉ、ブレダ帰ってきたのか」

いくら看護師が一日一本タバコを吸う許可が出たとはいえヘビースモーカーの彼には辛いのだろう。おまけに上司と同部屋、真隣となればこの表情にもなるのだろうか。薄っすらと無精髭が生えており、死んだ魚の目でブレダを迎え入れた。

花より団子のこの男に果物と数冊の雑誌を手渡す。

「あーサンキュー。退屈してたとこだったんだ」

言葉に覇気がない。上司だからといって気を使う奴でもない。退屈というだけでここまでになるだろうか。

「なんだか心ここに在らずだな」

ブレダの言葉に締まりのない顔でこちらを見るハボック。すると少し深妙な顔つきで何か言いかけるようにして口を噤む。

「ハボ?」

なにやら言い淀んでいる彼に違和感を感じたブレダは不安になり名を呼ぶ。
すると次にはなんでもなかったかのようにヘラリと笑い、彼はこう続けた

「実は最近出来た彼女のソラリス、いたろ?」

「あ、あぁ」

「今回の傷…あいつに刺されたんだ…」

「え…?マジ?」

無言のハボックに真実なのだと悟った彼は豪快に吹き出した

「ブハーッ!お前マジか!どんだけ女運無いわけ?」

ゲラゲラ笑えばハボックは「うるせー!」ともらった雑誌をブレダに投げつける。

「一度お祓いしてもらえよ!じゃあ俺大佐に用があるから」

安静にしとけよ!と最後に言い放ち、部屋を後にした。
女に刺されたのは気の毒だったと思うが、彼の性格からしてあそこまで落ち込むのだろうか。

「いや、少佐の妹さんにフラれた時も寝込んでたか」

しかも一週間。と当時のことを振り返り思わず吹き出してしまう。

この妙な違和感は気のせいだと、彼は廊下にいるというマスタングの元へ移動した。



人気のない廊下にぽつんと一席だけある長椅子。痛む腹を庇いながら座る上司にエドワードから得た情報とルクタールの件についての報告書を手渡した。

「ご苦労だった。ついて早々に悪いがこの資料を今から持ってきてくれないか」

「…脊髄解剖学?」

どうしてこんなものを、と怪訝そうな顔で彼を見る。すでにエナン• ガーネットの報告書に目を通し初めているマスタングとは目が合わず、変わりにホークアイと目が合った。辛そうに眉を寄せている彼女にブレダは嫌な予感がした。

「…もしかして、、ハボに、何かあったんですか」

ちらり、とマスタングがこちらを見た。肯定も否定もしないその眼がブレダを捉える。ハボックと会って感じた違和感がより助長される。ホークアイの表情がさらに険しさを増した。なんの冗談だ。先程の能天気な自分の思考に怒りさえ覚える。

「マスタングさーん。点滴のお時間ですよー」

看護師の声で我に帰る。廊下の端で呼んでいる看護師とすれ違うようにしてブレダはその場を後にする。

「待てブレダ!!」

病院に似つかわしくない大声にブレダの肩は跳ねた。看護師も同様だったようで肩を上げ、マスタングの目線を辿ってブレダを見た。ホークアイも驚いた表情をしている。

まずいと思い、被っていたキャップを目深に被りマスタングに駆け寄る。

「ど、どうしたっていうんです大佐」

耳元で囁くように声をかければマスタングはハッと正気に戻り、ブレダに耳打ちする

「すまない。場所を変えよう」

先に屋上へ行っているよう指示される。場所を移動し、屋上へ続く階段を見上げる。腹を庇いながら座るマスタングの姿が思い浮かんだ。流石にあの様子では登れないと踏み、踊り場で待つこと数分。点滴のカートを押しながらマスタングは現れた。歩くのすら辛いようで息が少々荒れていた。

「大丈夫で?」

「あぁ、構わないでいい。話の続きといこう」

息を整え、人気がないことを確認し先ほどの続きを話し始める。

「彼女は自分について調べられていることもわかっていたし、我々がここに入院していることも知っていた。そうだな?」

「はい。わざわざ俺に直接言いにきました」

「ハボックの監視もわかった上で部屋に上げたな。情でも移すつもりだったか?」

「それならもっと不幸な身の上話でもしそうなものですけど」

確かに。彼女がハボックにした会話といえば、敬語ではなく対等に会話をしてほしいこと。そして軍に入った経緯など他愛もない話だ。

「違和感を感じないか」

「え?」

「用意周到に計画されているならばあまり目立つ行動は控える筈」

「確かにヒューズ准将の件だってアリバイぐらい彼女ならどうにか出来た筈ですね」

「敢えて爪痕を残し、それを我々に見せつけているような意図さえ感じる」

「まさか…。つまり、ハボとの会話もこちらに向けて何かしらのメッセージが隠されてるってことですか」

その言葉にマスタングはメモ帳を取り出し、今までの彼女に関する単語を書き出していく。単語で埋め尽くされた紙上から繋がりのあるものに丸をしていく。ホークアイとブレダも覗き込みその様を見つめる。

"国家錬金術師"

"大尉"

"ヒューズ"

"補佐官"

"ルクタール"

最後に印をつけた単語でふと連想するのは…

「イシュヴァール…」

ポツリ、と口から滑り落ちるようにその言葉を口にした。そうだ。全てイシュヴァールに繋がる。

ヒューズはスカーを追っていたし、ヒダカもあの内乱で殉職して、い…る。

ドンッと心臓を誰かに鷲掴みにされたような感覚がマスタングを襲う。速くなる鼓動。その心音に掻き立てられるかのように記憶が廻る。


どうして忘れていたのだろう。


カランッと手から滑り落ちたペン。思わず口元を覆った。

「大佐…?」


彼の、


彼の、


殉職後の最終階級は、


大尉だーー…


「…っ!」

ズキリ、と腹の傷が痛み、思わず壁に寄りかかる。腹を押さえて悶える彼にホークアイが再度彼を呼ぶ。

「大佐!どうされまし…」

「ブレダ!」

尋常ではないマスタングの様子にブレダは息を飲む。

「急いで内乱前のイシュヴァールの地図を持ってきてくれ!」

「は、はい?」

「急げ!」

「はっ、はい!」

あまりのマスタングの剣幕にブレダは跳ねるようにしてその場を後にした。



マスタングに言われた資料を持ちブレダは再度病院へ訪れる。走って来た彼は日頃の運動不足が祟っているせいか顔色が悪く、肩を上下に揺らして先程の場所へ戻ってくる。踊り場の階段で座っているマスタングに資料を手渡した。

マスタングは地図の何箇所かに印をつけ始めた。ホークアイもブレダも神妙な面持ちでその様を見つめる。

「来たそうそう悪いがこの印をつけた地区の…」

「あ、内乱の資料なら一応持ってきました」

目を見開いてブレダを見た。さすが我が部下随一の切れ者。マスタングは口隅をあげ、ブレダからその資料を受け取る

「さすがだな。察しが良くて助かるよ」

「ルクタールの時と同じに住民名簿を探して見つけはしたんですが…」

「ある地区だけない、か?」

「どうしてわかったんですか」

そう、内乱時に参考として使用した地区ごとの住民名簿。戦争が始まれば逃げ惑う人も当然おり、本当にW参考Wにしかならなかったが人数把握の目安にはなった。その名簿がある地区だけごっそりないとすると考えられるのは一つ。

「そこまでの爪痕は残さないはずだ」

「まるでエナン・ガーネットが故意にやったかのような言い方ですね」

ブレダの言葉にマスタングは頷く。

「ですが大佐、彼女はどう見ても…」

「確かに見た目ではイシュヴァール人の特徴は一つも当て嵌まらない」

ペラペラと資料を捲りながら、地図に何やら書き込んでいく。視線は変えずにマスタングは続けた。

「彼女の行動には一つ一つ意味がある。名前もそれに含まれているかもしれない」

「偽名ってことですか?」

「可能性はある。彼女は"エナン・ガーネット"という人物に成り代わり、私に復讐しようとしている」

「なっ!」

淡々と話す彼とは対照的にホークアイとブレダは動揺を隠せないでいた。

「どういう経緯でそうなったかはわからないが、彼女の容姿は私の古い友人に酷似していてね」

「兄妹だったりは…」

「たしかに彼にはたった一人の妹がいたが幼い時に亡くなっている」

「本人、という可能性は?」

「ない。イシュヴァール戦で既に殉職している。そもそも性別が違う」

「どうして大佐が恨まれるんです?」

「彼の死体が発見されたのが、私が担当したこの地区だからだ」

トンッと指で記されたそこにブレダは驚いた。

「こ、ここ…」

「あぁ、この地区の名簿がごっそり抜かれていたと言ったな。これで確信した」

「だから大佐が殺したとでも?戦争なんですからイシュヴァール人に殺された可能性だって…!」

むしろそちらの可能性が高い。なぜならヒダカはイシュヴァール人からすると敵なのだ。それに味方でさえ皆巻き添えにならないよう、国家錬金術師が来たら急いでその場を立ち去る。

「彼の体は半分以上が吹き飛んでおり、焼死体で発見された」

「だからって…!」

「婚約者が、いたんだ」

「え…?」

「彼にはイシュヴァール人の婚約者がいた」

ホークアイは息を呑んだ。それがどういうことを意味しているか。あの戦争を知るものなら誰でも想像がつく。軍に所属していたイシュヴァール人は投獄され、処刑されたのだ。誰であろうと例外はなく、婚約者がイシュヴァール人だと知られればアメストリス人であろうが密告者と疑われ即処刑されかねない。文字通り根絶やし、全滅を図ったものだった。それほど徹底された。それは異常なほどに。

「脱走兵覚悟で婚約者を助けに行ったんだろう。それで私の炎に巻き込まれて死んだ」

「その婚約者がWエナン・ガーネットWだと?」

「あくまで憶測に過ぎないがな」

彼女はあえてヒントを残し、マスタングにそれを見せつけるかのように爪痕を残していた。これほどヒダカのことを匂わせているのだ。この仮説が一番しっくりくる。

「彼女がエナン・ガーネットとどういう繋がりがあるのかわからないが、ホムンクルスも考慮してしておこう」

ブレダは想像していなかったその仮説に冷静になろうと溜まっていた息を吐き出す。

「おっと、すまない。そろそろ待合室に行かなくては…」

「わかりました。では、自分はここで」

マスタングはノックスに会うため、その場を後にした。





マスタングと別れ、ブレダはハボックのいる病室へと再度足を向けた。

ノックをして入るも彼はぼんやりとタバコを口に咥えており、自分がいることに気づいていなかった。灰が落ちる寸前に灰皿でそれを受け止める。

そこでようやく自分の存在に気付いたハボックは先程と同じように覇気のない顔を向ける。彼はいつの間にか短くなってしまったタバコを惜しむように見た。

「せっかく一日一本だけ許可もらったのに…」

他愛ない会話が続く。どう切り出すか悩んだ末にハボックとは気を使う仲ではないじゃないか、と思い直しブレダは率直に聞く。

「…足、動かないのか」

「あぁ」

下半身の神経信号が途切れているため機械鎧には出来ないらしい。しけた顔のまま話すハボックにブレダは心の中で舌打ちする。

「おめぇに隠居生活なんて似合わなねぇよ!」

そう捨て台詞を残し、ブレダはまたマスタングの元へと向かう。待合室で彼はエドワードとの報告書を読まずに先に脊髄解剖学を読んでいた。それを見てマスタングも考えることは一緒なのだとブレダの決意はさらに固まる。

周りを確認し、小声で彼に耳打ちする。

「ハボックの足の事ですが、ドクター・マルコーがいます」

その言葉にマスタングの表情は一変した。




しかし時すでに遅し。
上司の許可を得て、マルコーのいる村へ訪れたブレダだったが、そこはすでに間抜けの空で、マルコーは連れ去られた後だったーー…



おわり
更新日2020.3.1


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