溺れる空
エルリック兄弟とシン国皇子リン・ヤオは互いに協力し合いホムンクルスであるグラトニーを捕獲することに成功する。ホークアイはマスタングの指示に従いサン・ルイ通りでグラトニーを回収。リンとその臣下ランファンを車に乗せ郊外へ向かったーー…
マスタングは痛む腹に構わず車を走らせる。郊外の空家にホムンクルスを収容したとホークアイから連絡があった。さらにホムンクルスとの死闘の末、ランファンが負傷したという。
エルリック兄弟を迎えついでにノックスの家を訪れた。内乱以降死亡解剖のみを行っていた彼はマスタングの話に厭う仕草をしたが、説得の末、最後には乗車してくれた。
無事に全員落ち合い、互いの情報交換を行う。リンはブラッドレイ大総統がホムンクルスであると確言した。皆に衝撃が走る。
グラトニーをどうするかで、国に持ち帰るだの、こちらが引き取るなど、俺は関係ないだのと、皆が己の欲望を優先するあまり事態の収束がつかないでいるとラストを殺したマスタングの名を耳にしたグラトニーが豹変し、状況は一変。話し合いをしているどころではなくなってしまった。
全てを飲み込むグラトニーから皆逃げ惑うがマスタングが近くにいると巻き添えになると、批判の声が相次ぐ。加えて怪我も治っていない状況から役立たずだの、足手纏いだの…散々な言葉を投げられ泣く泣くその場を離脱する選択を取った。
あまりのショックに頭からキノコが生えそうだったが、車が市街に向かう時にはいつもの顔に戻っていた。次に己がやるべきこと。それをきちんと見出していた。
ホークアイには門の前で待っているよう伝え、マスタングは単身で中央司令部へと乗り込む。誰が味方で誰が敵かを明確にするためだ。鎌をかけつつ外堀から味方を増やす算段だった。
どうやって鎌をかけるか。誰にまず話を振るか。思考を巡らせながら廊下を歩いていると途中レイブン中将に会う。他愛無い会話をすると見せかけ大総統がホムンクルスであると冗談めかしに反応を見てみた。
彼は豪快に笑った。そしてその話を会議の場でもしてくれと表情和やかに招かれる。
ギッと重たい扉が開かれる。
その場に足を踏み入れ、集う面子を見てマスタングは眉間にシワを寄せる。この国を担う将軍クラスのお偉い方が勢揃いし、その異様な雰囲気はとてもじゃないがマスタングを歓迎してなどいなかった。レイブン中将の和やかな笑顔でさえ今は不気味に感じる。
「さぁ、さっきのジョーク…」
レイブンの表情が一変する。
「続きを」
とても冗談が言える雰囲気ではないこの異質な空気にマスタングの表情は更に堅く、戸惑い、何も言葉を発することが出来なかった。
カツ、カツと新たに聞こえてくる靴音。
「どうしたかね、マスタング大佐」
奥から出てきた男にマスタングは瞠目する。その男は間違いなくこの国のトップ。
「私がホムンクルスでどうしたと言うのかね?」
何か問題でも?と平然と口にするブラッドレイに、“軍がやばい”と言ったヒューズの言葉の意味を履き違えていることに気づく。
ーー軍そのものがやばいということか…!!
恐怖から上がる口角。体が震えあがる程の事実に拳をぎゅっと握りしめたーー…
ブラッドレイと対談してからのマスタングの状況は一転する。東方司令部から引き連れてきた信頼を寄せる部下たちは彼の思惑により各地へと出向を命ぜられる。大総統付き補佐となったホークアイは人質に取られたも同然だったーー…
数日後
マスタングは終わらない書類から目を離し、席を立つ。誰もいない、ガランとした部屋を見渡し、干渉に浸っている己に気づき呆れたように溜息を吐き出す。背後にある窓へと体を向け、暗い空を見上げた。
ガチャリと扉が開く音。
窓の反射で誰が入ってきたかはわかっている。キィー…と錆びれた金具の音を立て、パタンと静かに扉は閉まった。
「とうとう君だけになってしまったな」
エナン・ガーネット、と口調厳しく振り返る。部下なら他にもいる。しかし今のこの状態を皮肉めいてわざとそういう言い方をした。彼女に伝わっているか定かではないが変わらない無表情でマスタングを双眸に映す。
「詰めが甘かったですね」
その言葉にこの女は全てを理解しているのだと悟る。怒りを沈めるようにぎゅっと拳を強く強く握った。
「君もホムンクルスなのか?」
目尻を吊り上げ彼女を見る。彼女は顎を少し上げこちらを見下すような目でマスタングを見る。
「試してみればいいじゃないですか。あの時と同じように…」
“あの時”を強調して冷酷な眼差しを向ける彼女にマスタングの予想は確信へと変わる。
「単刀直入に聞こう。マース・ヒューズを殺したのは君か?」
「どうして私がヒューズ准将を殺さねばならないのです?」
「君はイシュヴァール殲滅戦でヒダカを殺した私に恨みを抱いている。君がしたいのは私への復讐…違うか?だから親友であるヒューズを殺した」
マスタングは気づかれないように発火布をポケットから取り出す。
「あなたが殺したのはヒダカではありませんよ」
後ろ手で発火布を着けていた手が止まる。その言葉はやはりヒダカを知っており無関係ではないことを示していた。
しかし彼女は言った。殺したのは“ヒダカ”ではないと。そしてヒューズの件には触れず、マスタングが放った言葉をまるで訂正するかのように言った。
「な、にを言っているっ?」
「ヒダカではないと言ったのです」
彼女の黒い瞳が…
「あなたが殺したのは…」
ーー酷く冷たく感じた…
「この私ですよ」
「っ!」
吊り上がっている目尻を下げ、困惑の表情を浮かべる。瞳を左右に揺らし彼女を見る。本当だとしたら目の前にいる彼女はなんだというのだ。幽霊だとでも?バカバカしいとマスタングは声を震わせる。
「なにをっ…!」
「あなたが殺したのはエナン・ガーネットで間違いありません」
「何を、馬鹿なっ…!」
再度理解させるよう続けた言葉に苛つきを抑えきれず声を張り上げる。では今目の前にいる彼女はなんだというのだ。
「ホムンクルスではないというならっ!君は、一体…何者なんだっ」
彼女は親指と人差し指で目を触り、何かを外す仕草をした。目の表面を薄い膜の何かで覆っていたようで、顔を上げた彼女の右目を見てマスタングは言葉を失う。
「あ、紅い瞳だとっ⁉」
「私は、イシュヴァール人です」
「君がっ、イシュヴァール人…?」
マスタングは口元を手で覆う。ヒダカはイシュヴァール人ではない。にわかに信じられない出来事が目の前で起きている。ある言葉が頭に浮かんだ。
“あり得ないなんてことはあり得ない”
「正確にはまだぎりぎり生きてましたけど…。ちゃんと殺してくれればよかったのに」
ヒダカの顔をした紅い瞳がマスタングを責めている。まるでヒダカに言われているみたいだった。
「ヒダカは君に人体錬成を…?だが彼は国家錬金術師では…」
言って口を噤む。確かに彼は一般兵から入隊した。だが錬金術が“使えない”とは一度も聞いていない。頭はよく切れ、知識も豊富だった。
ヒダカのことを良く思い出せ、他に彼のことで忘れていることはないか。
ヒダカには妹がいた。両親を早くに亡くし、頼れる身内も居なかったため、学校を辞め働いて生計を立てていた。だが仕事で彼が居ない間、一人留守番をしていた妹は強盗に遭い殺されてしまう。そんな過去からもう二度と妹のような被害者を出したくないという思いで軍に入ったのだと酒の勢いで彼が口にした唯一の過去。
次いで連鎖的に思い出されたのはいつぞやかの冬期演習。普段は隊服で気付かなかったが、北での塹壕演習が行われた際、彼が凍傷になりかけて初めて知ったことがある。
彼の左足は機械鎧だった。エドワード・エルリックが頭を過り、背筋が凍る。
彼は一度、妹の人体錬成に失敗している…?
加えあの悲惨な戦場の場で錬成に必要な材料があるとは思えない。
恐ろしい仮説が頭の中で出来上がる。
「少しでも、息があったと言ったな…。生きていたなら、彼がしたのは人体錬成じゃないっ…!」
ヒダカの顔をした彼女。彼の亡霊がそこに立っているようだった。
「ヒダカは自分の体を使って君に移植したのか…?」
己で言って耐えきれず、口元を歪め、下唇を噛む。錬金術師はつくづく嫌な人間だと思い知らせる。頭の中で可能であることが証明出来てしまう。人間と獣の合成獣が可能なら人間同士はもっと可能な筈だ。
「そうです。大当たりですよ、マスタング大佐」
皮肉めいた言葉を吐き捨てる。無表情の彼女が初めて顔を歪め、笑った。いつも笑顔だった彼が絶対にしないであろう表情。
あぁ…なんてことだ
その歪んだ表情を見て思う。歪めたのは間違いなく己が原因で。自分が焼いた少女を、君は命を掛けて守って。けれどその命を掛けて助けられた少女は復讐に走ってしまった…。
負の、連鎖だ。
そんな彼女にマスタングがしてやれることは一つしかなかった。
彼女を見据え、頭を下げる。
「すまない」
すまないと言ったこの男の頭をエナンは見下ろした。彼の背後の窓に映る自分。そこにはヒダカがいた。右目の紅い瞳だけが不釣り合いだった。
「すまなかった。こんなことで許されるとは思っていない。しかし、私が選んだ贖罪はこの国の上に立ち、未来を変えたい」
それまでは死ねないのだと先程まで部下も取られ憔悴していた彼はそう言い放った。
「全てが終わったら君に殺されてもいい。だが今は、私が憎いかもしれないが…」
「私が今日ここに来たのは貴方の真意を聞き、返答次第では殺そうと思ってました」
ヒダカは大尉で亡くなった。自分が国家錬金術師でありながら大尉に拘る理由はそこにあった。
ただ、彼は国家錬金術師ではなかった。普通の軍人として人々に貢献することを選んだのだ。便利な化学は時には牙を剥き己を苦しめることを彼はよく知っていた。イシュヴァールで悪用されたのがいい例だ。
マスタングという男にいち早く近づくためには軍人になるしかなかった。17歳でそれなりの地位があれば目に留まると思ったからだ。
だから致し方なくわざわざなりたくもない国家錬金術師という道を選んだ。
ヒダカは婚約者だった人。イシュヴァールの自分を蔑むわけでもなく、好機の目で見るわけでもない。一人の人間として、ただそばにいたいと言ってくれた。
当時を振り返るのは今でも辛い。
「あの内乱、あなたが担当した地区に私も住んでました。逃げ場もなく、ゴミクズのように扱われ、爆炎に巻き込まれた時には…体の半分以上が吹き飛ばされてました」
絶望。
憎しみ。
怒り。
負の感情が支配する中、煙りで見えない黒ずんだ空を見つめていた。
ねぇ、ヒダカ。これが、幸せな世界なの?イシュヴァラは世界にいらないの?これで幸せな世界とやらはくるの?
私たちは生きてはいけないの?
怒りで心がどうにかなってしまいそう。
あなたの笑顔が見たい。あなたに抱きしめられたい。あなたに、会いたい。
会いたいよ、ヒダカ…。
しばらく暗闇を彷徨い、不意に誰かに抱きしめられる感覚があった。朦朧とする意識の中、それでもそれがヒダカだとすぐにわかった。皮肉なものだ。死ぬ間際に都合のいい夢が見られるなんて。
何か言っている気がした。
だけどごめん、ヒダカ。耳もよく聞こえないのよ。瞼も重くて開けられない。あなたの顔が見たいのに。
まるで、それに応えるように瞼に唇の感触がした。
あぁ、これで、終わりなのだと思った…
暗く冷たい闇の世界へ落ちていく。深く、深く、沈んでいったーー…。
『きみは、いきて…いいんだ』
目が覚めた時はベッドの上だった。
アメジストのような綺麗な瞳が自分を見下ろしている。
「よかった…!気がついて」
女性の声。虚ろな瞳で辺りを見渡す。
薄暗い布で覆われた狭い部屋。テントの中にいるようだった。消毒液の臭いが鼻を刺激する。
自分は何故ここにいるのか。
何故体がこんなにも重いのか。
そして何やら違和感を感じる。
私は一体、誰?
最初に思ったのはそれだった。
何かが変だ。
何かがわからない。
この気持ちはどこから出てくる?
覚えのないこの知識は一体なに?
私は誰?
誰?
だれ?
ダ レ?
「ちょっと、あなた大丈夫?」
お水を飲んで、と差し出されたコップを払い除ける。ぐるぐるに巻かれた包帯だらけの手が視界に入る。
興奮状態の自分をみて女性が慌ててドクターを呼びに行った。ベッドから転げ落ちるようにして出る。体に力が入らず立ち上がることもままならなかった。仕方なく地面を這い、外に出ようと踠く。
ヒダカの記憶と自分の記憶、
己のものではない知識の量、
感情までもが二つあるみたいだ…
まるで、自分の身体ではないようだった、、
それがどういうことなのか。憎らしいほど理解出来てしまうそれは、疑うことすらさせてくれなかった。
力を振り絞りやっとのことでテントから這い出た。腕の力だけでさらに前に進む。どれぐらい進んだかわからないが、たどり着いた先に見たものは、全てを破壊されたイシュヴァラの地だった。
「……っ…」
奥歯を噛み締め、握りしめた拳を地面に叩きつけた。何度も何度も何度も何度も。
もう限界だ、
なにもかも、限界だ、、
仰向けとなり、虚ろな瞳に空が入り込む。荒れた地上には似つかわしくない、ゆっくりと穏やかに流れる雲。掴むように両手を伸ばした。
はらり、とずれた包帯、
そこから覗く白い肌
自分の色ではない、
白い、白い手が
青空と重なり合う
「うっ」
溢れ出る涙。
なぜ白いのか、考えなくても覚えのない知識が教えてくれる。
涙が出てくる。
どんどん、溢れ出てくる。
止まらない、
止まらない、
止まらない、
ヒダカ、
ねぇヒダカ、
ヒダカ、ヒダカ、ヒダカヒダカヒダカ!!
「わぁぁぁぁぁ!」
大声をあげて泣き叫んだ。
この世界の全てに響き渡るぐらいに。
全てを吐き出すように。
涙で青空が滲む。
そう、それはまるで、
空が、溺れているかのように
沈む、沈む、どこまでも、、
空とともに溺れる自分がそこにはいたーーー……。
移植された体は多少の引きつれはあるものの、生活に支障はなかった。自身の顔は半分以上が焼き爛れていたのがヒダカの記憶でわかる。だから彼は無事な右目だけをそのままにあとは己の顔を移植した。女性の体を保っている姿に彼のお人好しな性格が現れていた。皮膚には一部、マダラ模様に褐色が入り混じっている。背中から胸部、腹部にかけて、自分がイシュヴァール人である証が刻まれている。
その色を見るたびに身体中が燃えるように熱く、痛かった。
爆炎の最中、遠目に見えた青い軍服。
片手には白い手袋。
忘れもしない冷徹なあの瞳。
忘れてなるものか。
全てを奪ったお前を決して私は赦したりはしない。
憎しみを糧に復讐を誓うことで自身を保った。スカーと同じである。そうしないと正気を保つことが出来なかったからだ。誰かのせいにしないと生きていけなかった。
ただ、それだけなのだ。
くだらないと思うだろう。
それでも構わなかった。
あのふざけた戦争に英雄扱いされているマスタングが許せなかった。ヒダカはお前の親友だったのだろう?その親友まで失うこの戦争が立派なのか。人の命を奪うことで成り立つ平和は正義なのか。
ならスカーのしていることも正義だ。
トップが決めたことにただただ従うだけの犬のくせに、なにが英雄だ。
だからあの内乱の場に居もしなかったエドワードが知ったような口でスカーを罵ったことが許せなかった。当時の記憶とともに感情までもがフラッシュバックし、彼を睨んだ。エドワードと目が合い、ハッとそこで我に帰り冷静になる。
ヒューズに車を回してくるなどと適当なことを言ってその場を後にした。
知らぬうちに強く握りしめていた拳。爪が食い込み、掌には血が滲んでいた。
あれしきの、たかが子供の戯言にこれでは先が思いやられると己に呆れ、短く溜息を吐いたーー…
北方司令部にてこの国の最北勤務だった頃に行われた塹壕演習。東との合同演習に当然マスタングも来ていた。接触を図るには絶好の機会。たまたま視察に来ていたヒューズと歩いているところを肩すれすれの位置ですれ違った。すれ違い様に見た彼の驚いた表情に口隅を上げる。
しかし動きを見せたのはマスタングではなくヒューズであった。軍法会議所勤務に興味はなかったが大尉であり続けることを条件に中央司令部への移動を了承した。アームストロング少将には嫌な顔をされた。
軍法会議所では軍関連の事件を調べるのに事欠かなかった。マスタングとの次への接触の機会を図りつつ仕事を熟なす。そして徐々にこの国が建国からおかしいことに気付く。目的をそのままに内密に事を進めていくことにした。
エナンは自宅の地下を改造し、無数に仕掛けた盗聴器を常に耳に当てた。休みの殆どはそこで過ごした。何かあってもいいようにいつでも街へ出られるよう抜け道も完璧だった。しかし錬成痕を辿ってきたのかは定かではないがその地下道を通って、ある日プライドという男がやってくる。やつらと対面したのはこれが初めてだった。プライドはエナンを殺そうとはしなかった。人柱候補だと言われ、これ以上は何も詮索するなと釘をさされた。彼らを利用してマスタングを殺すことはできないかと思索する。
きっかけは、
ヒューズの死だった。
マスタングの弱みを握る為だけに彼に近づいたのだが、彼の性格は少しヒダカに似ていた。そんな彼が何者かによって殺されてしまった。長く接しすぎたのかもしれない。
憎悪ばかりだった感情は周りと関わることで復讐を躊躇し始める。あの戦争を悔い、苦しんでいる者が軍にも大勢いたからだ。触れ合って初めて知った事実もある。線引きをし、差別していたのは自分たちイシュヴァール人も同じであった。
あの日の憎しみを忘れたわけではない。だが同じ憎しみを持っている者でも生き方が違っていたのは自分の弱さなのでは、と思うようになった。
ヒダカの本心もわかっていた。
ヒューズやマスタングに会うたびに彼の中にある感情や記憶が流れ込んでくる。
ヒダカは、誰も恨んでなどいなかった。日に日にそれは痛いほど胸に感じ、遂には絶好の機会であった入院中のマスタングを殺すことが出来ないほどにまでなっていた。あの内乱を経て彼なりの責務を果たそうとしているのが先ほどの言葉でもわかる。だからと言ってすぐに気持ちの整理が出来るわけではない。
「貴方の言う通り、ヒダカは以前死んだ妹を生き返らせようと一度人体錬成をしています。それきり錬金術は使わず生きてきました」
私を生き長らえさせるために使用するまで。
歪んだ顔でマスタングを見つめる。
あぁ、なんて私は滑稽なのだろう。
この男をさっさと殺してしまえばよかった。まさかヒューズを介して情が移ってしまうなんて。憎しみに身を委ね、殺しで達成感を得られる人間であればこの心に少しは救いがあったかもしれない。
何て後味の悪い終わり方なのだろう。
この道を選べば苦しむだけなのに。
こんな残酷な、あなたがいない世界を一人で生きていけと?
せっかく生かしてくれて悪いけど、少しも嬉しいことはなかったわ。こんな有り難みのない女を生かして、あなたもさぞかしガッカリでしょうね。
バカな人…。
そんなあなたを愛していたわーー…。
「貴方の…戒めと贖罪の為に、手足となって動きましょう」
おわり
更新日2020.3.9
- 15 -
*前次#
ページ: