残り僅か
ハクロはもともと東部のニューオプティン支部にいた。マスタングの栄転後、彼の後任として東方司令部に転属となる。マスタングが若くして大佐の地位にいること自体気に入らなかったのだ、さらに中央司令部へ引き抜かれたとなれば尚更彼への妬みは強い。加えて上司となったグラマンとも着任時から反りが合わないとなれば彼の鬱憤は相当溜まっているはず。
ハクロはチャンスを逃すまいと焦っていた。エナンが漏らした情報をよく考えもせず、目の前にぶら下がった中央昇進に目が眩んでしまう。一気に駆け上がるチャンスに加え、マスタングもろとも失墜させられるのだ。その機会を
みすみす棒に振るなど考えられなかった。
しかしそこはやはりグラマンの方が一枚上手であった。当の目的はマイルズと協力して東方から中央へ攻撃をしかける算段であったが、予想外にも中央から視察に来たのがブラッドレイであったため、それを逆手に取った。
この合同演習、グラマンという存在は囮でマスタングが目論んだ作戦の陽動に過ぎないとハクロが密告することをグラマンは読んでいた。まんまと彼の策略にハマり、手の上で踊らされたブラッドレイは急いで列車に乗り中央へ戻る。しかし途中渡った橋ごと爆破され、消息不明となる。表向きはイシュヴァールの残党が引き起こした爆破テロとされた。
敢えて“約束の日”の前日に行われた合同演習。それを上手く利用したグラマンの勝利だった。
「そんなところに立っていますと狙撃されますよ」
黄昏時、窓に寄り何やら考え事をしているマスタングにエナンは声を掛ける。そのセリフに振り向いた上官は微妙な顔をしていた。
「大総統を東に向かわせたのは君かね」
「グラマン中将には悪いと思っています。お詫びにハクロ少将を上手く乗せ易いよう根回ししておいたので問題ないかと」
「君はすこぶる性格が悪いようだな」
「お褒めいただき光栄です」
褒めてない、とツッコミを入れるマスタングを無視して、エナンはマスタングに近寄り「東部にいるチャーリー隊から連絡がありました」とそっと耳打ちする。
「大総統を乗せた列車が爆発テロに巻き込まれ行方不明だそうです」
「なに?」
「列車ごと谷底へ落ちたとの情報が…」
マスタングは片眉を上げる。東と北で何かしら騒ぎを起こすことはわかっていたが、そうくるとは思っておらず瞠目しつつも口元は上がっていた。
「死体は?」
「確認は取れていないそうです」
「ブラッドレイ夫人を人質にとる絶好のチャンスだな。合流する中尉に訊けば夫人の動きもわかるだろう」
「ではこのまま作戦通りに」
「待て、その前に寄りたいところがある」
マスタングはセリムのことを調べさせているマダム・クリスマスの店へ向かった。カウの音を立てて扉を開けるとふくよかな女性が待ちくたびれた顔で出迎えてくれた。
「やあ、ロイ坊。何飲む?」
「いつものをロックで頼むよ」
グラスに氷が入れられ琥珀色のウイスキーがトクトクと音を立てて、注がれる。
「セリム・ブラッドレイはまともな人間じゃなかった」
パサッとカウンターに投げられた封筒。マスタングは手に取り中を見る。何枚かの写真が入っており、古いものだと50年も前のものがあった。恐ろしいことにそこから現在に至るまでのすべての写真にセリムが写っている。マダム・クリスマスの情報でブラッドレイ一家自体が全てでっち上げだということがわかってきた。
「なんで今までバレなかったんだい」
学校で健康診断とかあるだろう?と彼女は咥えているタバコから紫煙を吐き出す。
「大総統の息子だからそういうのは専属の医者がやってるんだろう」
「なるほど。診断書をでっち上げるのかい」
「そういう事」
「大佐」
裏口から入ってきたエナンが奥から顔を出す。
「追ってが二人付いてきてます」
「想定内だ」
彼女はマダム・クリスマスに軽く会釈し、マスタングに「準備が出来ました」と頼んで置いた爆弾が仕掛け終わったことを伝えた。マスタングは再度写真を手に持ち、ぺらりとエナンに見せる。
「君はセリムがホムンクルスだと知っていたのか?」
その言葉にエナンはピクリと反応を示す。
「いえ、知りませんでした。もしかしたらプライドというホムンクルスがそうかもしれません。他のホムンクルスと違いいつも影の姿で実体はありませんでしたから」
「君が持つ他の情報は?」
「彼らのお父様、という人物には会ったことはないですが、私を監視する際に何人かのホムンクルスには会っています」
「大総統がホムンクルスだというのも知っていたのか?」
「そうですね。それを知ったから貴方への復讐を考え改め直したのも一つの理由です」
そうか…とマスタングは苦笑を浮かべる。
「君が真実を知っても殺されなかったのは人柱候補だからか?」
「そうです」
「ヒューズの死後、君がどうして軍側に事情聴取されなかったのか納得いったよ」
「…大佐、そろそろ出ないと」
「わかっている。最後にひとつだけ…」
「…なんですか」
「ヒューズを殺した奴を、君は知ってるのか?」
その質問にエナンはマスタングを見る。先程とは目つきが変わっている彼にエナンはゆっくり目を閉じてから再度目蓋を上げた。
「…知りません」
「…そうか」
「もう行きましょう」
「そうだな。マダム地下へ移動しよう」
追手が店に入ったと同時に店に仕掛けた爆弾を爆破させる。
「君はこのままマダムを安全な所まで護衛してくれ」
「わかりました」
「上手くいけば西区工場地帯で合流できるだろう」
「ブラッドレイの死体はまだ見つかっていません。御用心を」
「わかっている。君も死ぬなよ」
「はい」
エナンはマダムを連れ、マスタングと正反対に歩き出した。
おわり
2020.4.22
- 17 -
*前次#
ページ: