Largo


望まれた日



「彼女来ませんね」

「もしかしたら何かあったのかもしれん。仕方ない、我々だけでも先に向かっているか」

ブリッグズ兵らが中央軍と交戦を開始したことを機にマスタングは中央の地下施設へと潜入する算段を立て始めた。





時間を少し遡り、無事安全な場所までマダム・クリスマスを護衛し終えたエナンは一度自宅へと足を向けていた。

クローゼットの中に隠してある太刀を取り出し、ここ中央ではずっと使わなかったそれを背中に背負い、鞘をベルトで斜めに掛けて固定する。

今のこの戦闘を要する場面ならこの太刀を背負っていてもなんら不自然じゃない。そのまま地下室へ移動し、電波ジャックした無線を耳に当てる。

オリヴィエが上層部会議室で上官を銃殺。マスタングは元部下を引き連れ大総統夫人を人質に、アイスクリーム会社のトラック装甲車で市内を逃走中。

その情報からに無事チャールズ隊と合流出来たのが窺える。彼らの戦闘力があれば自分はいらないだろう。

そしてまだ不確定要素らしいがマスタングに兵を割かれ手薄な西区に新たな敵兵が攻め入っているとのこと。服装からして北方軍らしき軍隊、との情報にエナンは口角を上げる。まさかブリッグズ兵がここ中央にいるとは思いもよらないのだろう。確信に至るまでこちらは少しばかり時間が掛かかっているようだ。

誰もアームストロング邸の屋敷の中でブリッグズ兵が潜んでいたとは思うまい。ブリッグズ山にいる巨大熊とタメを張れる猛者たちがあの家でひっそり潜んでいたかと思うと少し笑ってしまう。ましてやそこで戦車を組み立てていたなどと誰が思うだろうか。

粗方状況が分かるとエナンは地下道から外へ出る。プライドがここを通ってきたということはどこかに地下施設へと繋がっているのだろうが、今はオリヴィエのことが気になる。

反逆者名の中にエナンの名は無かった。中央兵が面白いように踊ってくれているこの混乱に乗じて自由に動けるのは自分だけだ。変に裏工作せず堂々と中央司令部へ向かったほうが逆に怪しまれない。エナンは太刀を抱え直し、足を速めた。






「エナン・ガーネット!」

知った声に走っていた足を止める。視界に入った見慣れた筋肉にエナンは足をそちらに向ける。

「アームストロング少佐」

救護のトラックがあるということは負傷した兵を手当てしていたところなのだろう。

「どこへ行く」

「中央司令部へ。武器を取りに一度持ち場を離れました」

周りに他の兵士や憲兵もいる為、表向きの会話をする。すると一人の兵士がアレックスに耳打ちする。微かに聞こえた車の手配という言葉にエナンは透かさず口を挟む。

「少将のところへ行かれるのですか?」

エナンの言葉に目を開いたアレックスだが、次には深刻な表情でコクリと頷いた。

「お供します」




中央司令部へ向かう車中、運転するエナンの後ろでアレックスは声を掛ける。

「姉上のことは全て知っておるのか」

「上官を銃殺したと」

うむ、と腕を組んでいる彼の額には少し汗が滲んでいた。

「大丈夫です。きっと無事です」

その言葉にアレックスは意外とでも言う様に目をパチクリさせた。

「中央司令部へ向かうのは姉上の為だったのか」

「捨ておけと言われるとは思いますが、一応そのつもりでした」

ふぅ、と自身の気持ちを落ち着かせるように口から息を吐き出し、アレックスは少し声を低くした。

「お主はどこまで知っておるのだ」

バックミラー越しから見える錬成陣の書き込まれた手甲。そして真剣な目をしているアレックスにエナンはなるべく落ち着いた声で話した。

「安心して下さい。マスタング大佐の味方です。今回の計画も全て知った上で行われています」

急に後ろから伸びてきた手がポンポンとエナンの肩を軽く叩いた。その行為に疑問を持ち、首を傾げながらまたバックミラーで確認すると嬉しそうに目尻を落としているアレックスの姿が。もしかしたらどこかでエナンを敵か味方か判断しかねていたのかもしれない。

この人は、本当にお優しい…

エナンの今の言葉だけで安心した表情を見せるなんて。どこまでもお人好しすぎる。エナンが嘘をついているかもしれないのに、そんなことを微塵も疑っていない表情だ。

そんな彼に、彼女はむず痒い気持ちになる。誰にもわからないだろうその表情には決まり悪気に苦笑している彼女の姿があった。






東西南北全ての門が閉鎖されている中、アレックスのお陰で変に疑われることなく中央司令部へ入ることが出来た。そのままオリヴィエがいるであろう上層階へと走って向かう。

途中手榴弾でも投げたのか、とてつもない爆発音と地響きが建物を揺らす。

「少将でしょうか」

「うむ、向こうからだな」

煙が立ち込める中、更に奥へと向かうと何人かの兵が巻き込まれたのか倒れている者、咳き込んでいる者達で散乱していた。

煙が薄れ、見えてきたのは巨体の大男がオリヴィエを円柱ごと粉砕しようとしていた場面だった。それ程までに大柄で手が大きく、柱に身を隠していたオリヴィエをその柱ごと鷲掴みにしていた。
太刀を構えるエナンより先にアレックスがその巨体男の顔面を殴りつける。

「少将無事ですか」

駆けつけたエナンとアレックスが余程意外だったのかまん丸に目を見開き驚いた顔をしているオリヴィエに珍しい表情をしている、とエナンは胸の内で思う。

「姉っ上っ!ご無事!かッ!!」

いつものように筋肉披露をかます弟にようやくオリヴィエの表情も元に戻る。

「誰にものを言っているアレックス!」

アレックスに向けていた顔を今度はエナンに向ける。

「お前もここに来るとはな。中央勤務で判断まで鈍ったか」

「そうかもしれません」

素直にそう口にするエナンをオリヴィエは鼻で笑った。

「ところでなんですかなあれは!」

「ホムンクルスだ!鉄砲玉くらいではビクともせんぞ。大砲クラスでようやくだ」

なんと!と未だ倒れ伸びているホムンクルスを見てアレックスは驚きの声を上げる。錬成陣が書かれている手甲を構えたところでエナンが口を挟む。

「お二方、ここは私に任せて少将は北方軍と合流なさってください」

その言葉に全く顔立ちの似ていない姉弟が振り返り、同じ目つきでエナンを見た。二人とも呆れた表情をしている。

「見くびられたものだな、アレックス」

「えぇ!まったくですな姉上っ!」

「今の腑抜けた貴様よりアレックスの方が毛の一本分マシだ」

「しかしっ…!」

「貴様にはやるべきことがあるだろう」

オリヴィエの言葉にグッと押し黙る。ホムンクルスに向き直り、アレックスよりも小柄な背であるのに大きく感じるそれをエナンはジッと見つめた。

「ここは二人で十分だ」

「少将…」

「それに大砲クラスが必要とあるならばそれこそ我輩の得意分野ですぞ!」

「少佐…」

「そんな腑抜けに育てた覚えはないぞ!エナン・ガーネット!」

空気を震わすほどのオリヴィエの声。エナンの背筋にビリビリと電流を走らせる。

行け!と言う彼女の言葉にエナンは決意を固め背を向けて走り出す。

「どうかご無事で」

走り去るエナンにオリヴィエも背を向けたままフッと笑う。「お前もな」と小さく口にした姉の言葉にアレックスは嬉しそうに笑った。


おわり
2020.5.5

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