負の連鎖を断つ
「大佐はね、二人きりの時私の事“リザ”って呼ぶのよ」
その言葉に目を開き、エンヴィーはマスタングの変身をすぐ様解く。
「ちいっ、あんたらそういう仲かよ…」
「ウソよ」
ドンッ!と銃弾を脳天にぶちかます。ドンッドドンッドン!と息継ぎすらも与えず銃弾を浴びせ、攻撃の隙を与えないよう弾が切れれば装填せず次の銃を取り出す。
弾が発射されるとともにキンッキンッと夥しい量の薬莢が地に転がった。
「あなたここで私に倒されてちょうだい」
マスタングはエンヴィーを赦す気はない。赦さなくていい、赦せるはずなどないのだから。殺すことで気が晴れるなら自分がそれをするまで。
しかし何せホムンクルス。何度急所を狙っても奴が倒れる気配はなかった。
不意を突かれた攻撃。ツルのように伸びたエンヴィーの腕がホークアイの首を締め上げる。
「ガハッ…!」
「はっはァ‼ボロぞーきんにして大佐の前に放り出してやるよ」
意識が遠退きかけたその瞬間、爆炎がエンヴィーを焼き尽くす。黒焦げになったエンヴィーの目に映ったものは、、、
カツン…
カツン…
ゆったりとした歩調。悪魔のようなその足音はエンヴィーの前で立ち止まる。
「私の大切な部下に何をする」
一度は力を取り戻したエンヴィーだったが既にホークアイとの対峙で賢者の石の力は底をつき始めていた。マスタングの炎を二、三度喰らっただけでまた本来の小さな姿に戻ってしまう。
ダンッ!と潰さない程度の力でマスタングは“それ”を足で踏みつける。
「それが貴様の本体か?醜いな」
「いやだ…やめっ…やめろ」
「エンヴィーという名は『嫉妬』という意味か。なるほど“嫉妬”とは醜いものだな」
「死にたくない…やだよ」
「私の視界から消え失せろ!エンヴィー!!」
「いやだぁぁぁぁ!!」
発火布が破れるのではと思う程の力で爪を食い込ませ、指先を合わせる。ヂッと火種が着く刹那、ホークアイはマスタングの後頭部に銃口を突きつける。エンヴィーと対峙した際に負った肩の傷がズキリ、と痛んだ。
「…なんのマネだ中尉」
「そこまでです大佐。あとは私が片付けます」
「あとたったひと焼きだ。君の手を煩わせる気は無い。銃をどけろ」
「承服できません。手を降ろしてください」
「ふざけるな!!どけろと言っている!!」
反響するマスタングの怒鳴り声。瞬間ドンッ!と床がめり上がる。それに合わせてエンヴィーを踏みつけていたマスタングの足も跳ね上がった。
床がめり上がった反動でエンヴィーは宙を舞う。パシッとそれを掴んだのは機械鎧の右手だった。
悪魔のような顔をしたマスタングにエドワードは息を飲む。
「鋼の…そいつをよこせ!!」
声を震わせ、エドワードを睨み付ける。しかしエドワードはそれに怯むことなく即座に首を横に振りそれを拒否した。
「もう一度言う。そいつをよこせ、鋼の」
低く、今度はゆっくりそう呟く。そんな顔をしている人間に渡せるわけがないだろう、とエドワードは心の内で呟く。「断る!」と今度は声に出してはっきりと拒否した。
「んなツラでこの国のトップに立つつもりか!!大佐の目指しているのはそんなんじゃないだろ!!!」
我を失くしている彼。どうにかして目を覚まさせてやらないといけない。
「激情にまかせ畜生の道に堕ちるか。それもいいだろう」
抑えられない憤怒。抑えが効かない怒気。復讐することしか、殺すことしか考えられない。
「他人の復讐を止める資格は己れには無い。ただ畜生の道に堕ちた者が人の皮を被りどんな世を成すのか見物だなと思うだけだ」
スカーの重みある言葉にエナンは視線を落とす。彼の行為は決して赦されたものではない。無残に、無念に散った同胞の中にはそれで救われた者も確かにいるだろう。しかし、その犠牲になった者もまたかけがえのない大切な誰かの尊い命であり、新たな負の連鎖を生み出しているに過ぎない。
「大佐にエンヴィーを殺させません。だからと言って奴を生かしておくつもりもありません。私が片付けます」
ホークアイは必死にマスタングへ訴え掛ける。
「やっとだぞ!!やっと追い詰めたんだぞ!!」
「わかっています!!!」
道を踏み外そうとしている人間をこんなにも人が集まりそれを阻止しようとしている。エナンはその光景をただただ眺めた。
「でも!!!今の貴方は国のためでも仲間を助けるためでもない!!“憎しみを晴らす”ただそれだけの行為に蝕まれている!!!」
憎しみを糧に行なってきた事はいつか必ず報いを受ける日がくる。
「お願いです、大佐…。貴方はそちらに堕ちてはいけない…!」
マスタングは苦しげに目を固く閉じる。震える身体からは怒りと憎しみに押し潰されそうなのを必死に耐えているのがわかる。
マスタングが目を開け、エナンを見た。
酷く辛い表情をしている。
きっと彼の目に映っているのはエナンではなく、ヒダカなのだろう。
エナンはそんなマスタングをジッと見つめた。
ヒダカの顔で、
ヒューズが呼ぶように、
ロイ、と口を動かす。
狼狽るように、瞳が揺れ、悲しげに眉を寄せた。
「撃ちたければ撃てばいい」
その言葉にホークアイは不安気な表情を浮かべる。もう、誰の声も届くことはないのだろうか、と。
「だが私を撃ち殺したその後、君はどうする」
どうか、届いて欲しい
「私一人のうのうと生きて行く気はありません。この闘いが終わったら狂気を生み出す焔の錬金術師をこの身体もろともこの世から消し去ります」
貴方を殺したくなんてない。殺すなんてこと、そんな残酷なことをさせないでほしい、と引き金にかかるホークアイの指先が震える。
どうか、どうか戻ってきて、と必死に心の中で訴えた。
ドンッ!
マスタングは鎮まらない怒りを壁でも殴るかの様に明後日な方向に炎を繰り出す。黒焦げになった壁がブスブスと煙を立てる中、「それは困る」とマスタングは静かに口を開いた。
「君を失う訳にはいかない」
張り詰めていた空気が萎むように怒りで上がっていた肩は徐々に下がっていく。
「……なんだろうなこの状況は。子供に怒られ私を敵と狙っていた男に諭され、君にこんなマネをさせてしまった」
私は大馬鹿ものだ。
そう言って彼は振り向きホークアイが持つ銃を握った。
「銃を下ろしてくれ中尉。すまなかった」
糸が切れたようにマスタングはその場にドカッと座り込む。それを見たホークアイもへたり、とその場に座り込み、漸く安堵した息が口から漏れる。
よかった、これで一先ず…
「お前…そんなところで突っ立って何やってる」
こいつらを殺せよ!なにしてるんだよ!と目を歪ませてエンヴィーがエナンを捉える。しかしなにも行動を示さないエナンにエンヴィーはギリッと奥歯を噛み締める。
「裏切りやがったなっ、エナン・ガーネット…!」
暗闇で彼女の目が光る。両の目を見て口は中途半端に開きかけたままとなる。そして先程の雰囲気とは打って変わりエナンの瞳を指摘した。
「お前、その瞳…」
あぁ、とエナンの指先が目尻に触れる。彼らの前でこの姿を晒したことは今までなかった。
右眼が紅く、左眼は蒼い。とくにその紅い瞳を見て腹の底から湧き出る禍々しい気持ちが笑いとなって出てくる。
「あはは!なーんだ!お前ってそうなの⁉」
エンヴィーは大きな目と口をさらに歪ませて盛大に笑った。
「まさかイシュヴァール人だったなんてなぁ!」
腹を抱える如く笑う目の前のホムンクルスに何がおかしいのかと冷めた目で見る。この瞳を見て何故エナンがマスタングを憎んでいたのか漸く理解出来たのだろう。
「今が奴を殺すチャンスじゃないか!」
さぁ、殺せよ!!というエンヴィーの言葉にエナンは動じない。眉一つも動かさない彼女を見て、エンヴィーはくそがっ!と舌打ちする。
「バッカじゃないの」
そして標的を他に移し、言葉巧みに殺し合いをさせようとする。
「綺麗事並べてさ、人情ごっこかい?虫酸が走る!!」
しかしその言葉に惑わされるものは誰一人としていなかった。
エドワードも、
ホークアイも、
マスタングも、
スカーも、
誰一人、惑わされなかった。
「なんでだ!」
なんでだ!!
なんでだ!!!
ちくしょおおおお!!!
「エンヴィー、おまえ…人間に嫉妬してるんだ」
エドワードの言葉にエンヴィーは口を噤む。
叩かれても、へこたれても、道をはずれても、倒れそうになっても、綺麗事だとわかってても、
何度でも立ち向かう。
周りが立ち上がらせてくれる。
「そんな人間がお前はうらやましいんだ」
エンヴィーは言葉が出なかった。自分でもわからなかった感情を、吐き出した言葉の意味をエドワードが理解したことを…。そして理解されたことがエンヴィーには耐え難いものだった。
エドワードの手の中から無理やり這い出る。ベシャリッと地面に体が叩きつけられた。
「屈辱だよ…こんなボロぞーきんみたいになって…あんたらニンゲンに…クソみたいな存在にいいようにやられて…」
ズズッと地面を這う。僅かな力で体を起こし、エンヴィーは見下げるニンゲンどもを見上げた。
「…しかもよりによってそのクソの中でも更にクソみたいな…こんなガキに理解されるなんて…っ!!!」
エドワードは目を開く。エンヴィーは泣いていた。
「屈辱の極みだよ」
口の中に手を入れ、両の目から涙を流しながら賢者の石を取り出す。
「はは…この先その綺麗事がどこまで通じるかせいぜいがんばる事だね」
バシャッと賢者の石が水のように溶ける。ザラザラとエンヴィーの体が砂のように朽ちていく。
「バイバイ…エド…ワード…エルリック…」
そう言って彼は自害した。
「自死か…卑怯者め」
マスタングは頭を垂れ、力なくそう声に出したーーー…
「君は、この感情を捨て切れたのか」
座った状態で地面を見つめたまま、ポツリと溢すマスタング。エナンはそんな憔悴した男の頭を見つめる。
「そもそも、貴方はヒダカを殺していません。完全なる私の片恨み、というやつです」
マスタングと同じ目線になるよう蹲み、片膝をつく。
「それでも君や、その同族を焼いた」
「まぁ…そうですね…」
彼は未だ地面を見ている。スカーもこの場にいるが今のマスタングにはエナンしか見えていないのだろう。エナンも気にせずマスタングの問いかけに応える。
「貴方が私を焼かなければ…。そんな、しても遅い話をしますか?きちんと私を殺してくれていればヒダカは死ななかったと?」
たら、ればの話など貴方らしくもない、と言えばぴくりと発火布の手が動いた。
「確かに私はあの時貴方にそう言いました。しかし私を生かそうとしたのも、己の体を使って移植したのもヒダカの意思です」
マスタングが顔を上げる。漸くこちらを見た彼にエナンは心の中で微笑んだ。
「“ヒダカ”が私を生かすことを選んだんです」
だから、もう、いいんです。
「いいんです。もう…いいんですよ、ロイ・マスタング。私はもう誰も恨んではいません」
眉を下げ、目尻までもが下がっている情けない顔をしている男にエナンは苦笑を漏らす。
「醜い、一面を見せたな」
「そうですね、酷い有様でした。しかし貴方が堕ちなくてよかったですよ」
「…そうか」
「あと少し遅かったら中尉より先に危うくその首跳ねるところでした…」
「・・・・」
「・・・・」
「・・・・」
「…………マジかよあんた」
あのシリアスな場面でそんなこと思ってたの?とエドワード始めその場にいた全員が固まっていると「冗談です」と冗談には聞こえない彼女の言葉にポカンと口を開けていたマスタングは弱々しく笑った。
おわり
2020.5.20
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