錬金術師
ショウ・タッカーが自身の娘と飼っていた犬を実験台に合成獣にした。東方司令部からここ中央にある軍法会議所へ報告が入るとヒューズは慌ただしく彼の実験データ及び過去の査定で提出された論文を持ってくるよう指示した。
「エナン、交通の手配を頼む」
状況が整い次第イーストシティへ向かう、とヒューズは言った
新たな事件が起こったのは東方地区に着いたそうそうである。
タッカー邸の前に車を止めれば気付いた憲兵が駆け寄ってくる。何やらただならぬ事態を感じとったヒューズは車を降りた。
憲兵が何やら耳打ちをするとヒューズは舌打ちする。表情が変わった。
「何か、あったようですな」
後部席に座るアームストロング少佐が運転席に座るエナンに耳打ちする。
門を見れば憲兵の他に二体の死体袋。
「そうみたいですね」
閉めたドアがもう一度開いた。
「アームストロング少佐も一緒に来てくれ」
少佐の目つきが変わる。タッカーに何かあったのだろう。
ヒューズはエナンの視線に気づき人差し指はとん、とん、と地面を二回示した。つまりここにいろ、という意味である。
タッカー邸に入っていく三人の背を見つめエナンは運転席の背もたれに身を預けた。
再度見た、地面に横たわっている死体。同時に彼女は思う。
予定されていたタッカーの裁判はなくなった、と。
「“奴”が出た」
助手席側のドアが開いたと同時に彼はそう言った。タッカー邸から傘もささずに急いで来たのだろう。彼の髪や肩には水滴が付着し、雨独特のニオイを服に染み込ませて車の中へ持ち込んだ。
ピクリ、と反応を示すエナン。
ずっとそいつを追ってきた自分たちだからこそわかるその言葉の意味。わざわざ中央から出向いてきただけのことはある。
続いて後部座席の扉が開き巨体が入り込んだところでヒューズは行き先を告げる
「大通りへ向かってくれ」
雨が、強くなってきた―――…
走行中バックミラーで後ろを確認すればアームストロング少佐の首が見える。顔を通り越してしまう所が彼のでかさをより強調していた。
「少佐、少し横にズレて下さい」
何もみえません。と言えばヒューズが吹き出した。
失敬、とズレた時の特徴ある前髪の揺れがまた気になるところである。
「殺られたのはタッカーですか」
話しを戻そうと彼女はちらりと隣に座るヒューズをみた。
「手口は同じ。中身はぐちゃぐちゃだったよ」
どおりで。なかなか出て来ないはずである。憲兵が多かったのはそのためか。ただの殺人ではない。スカーが関わっているとなると事態は変わってくる。
「そうですか」
「驚かないな」
「顔に出ないだけで十分驚いてます」
「ハハッ!そうか」
「次は誰が狙われてるんですか」
「さすが。お前は察しがいいな」
「エドワード・エルリックです」
今まで黙っていた少佐が答える。別に予告があったわけではない。スカーの特徴で唯一わかっているのが額に大きな傷。奇妙な殺し方。そして狙われているのは全て国家錬金術師というだけ。
タッカーを殺したすぐ後だ。まだこの付近にいるはずである。
外をうろついているというエドワードがスカーと鉢合わせ。という可能性は十二分にある。
「エドワードを餌に釣れるといいですね」
「お前…。俺達は純粋にエドを保護しにいくんだからな」
さすがあのブリッグズ要塞にいただけのことはある。むしろ今のはまだ全然マシな方だ。凍りのように冷めた無表情での彼女の辛辣な言葉はこの一年間を通して沢山聞いてきた。それはもうあの女王様を思い出させる程に。
子供というキーワードに弱い少佐なんて今のエナンの言葉を聞いただけで目から滝のように涙が溢れ出ている。
《ザザッ…大時計にスカー出現!鋼の錬金術師が襲撃にあってます!》
ちょうどよく入る無線に三人は表情を変えた。
「ちっ!あっちの通りか。エナン、どれくらいでつけそうだ?」
「事故らなければ5分で。つかまっ…」
ギュンッ!と勢いよくUターンする車。ヒューズと少佐は肩やら頭やらを窓にぶつける。
「……っていてください」
「する前に言え!」
急げ、
急げ、急げ───……
「兄さん!!」
弟が、叫んだ気がした。
粉々の機械鎧。
破壊された鋼。
雷が落ちる。
雨が、欝陶しかった
───なんなんだよ、コイツ…
いきなり現れて、人の命をいとも簡単に奪って、アルも機会鎧も粉々にされて…
「神に祈る間をやろう」
「あいにくだけど祈りたい神サマがいないんでね」
──アルだけは、なんとしても……
ぎりっと奥歯を噛み締め、絶望の縁に立たされる。
後ろでアルが何度も自分を呼んでいる。
迫りくる奴の手。
──あぁ、雨が…欝陶しい
目を閉じ覚悟を決めた
───ドォンッ!
一発の銃声に、静寂が訪れる。
「そこまでだ」
銃声の余響が微かに残るなか、
「危ないところだったな、鋼の」
大佐の声に、我に返った。
ここまでは格好よく登場した大佐。その後雨のせいでとことん無能っぷりを発揮してくれた彼は己の無能さに耐え切れず地面に平伏した。本当に役に立たなかった。
なにしにきたんだ…
そして事態はアームストロング少佐の出現により少し変わる。
大きな巨体が壁やら地面やら、市街を破壊していく。
ハボックが少し注意をすると彼は反省の色を見せる所か自慢の筋肉美を見せようと慣れた感じでバサッと上着を脱ぎ捨てた。
なんでそーなる。
カツッと真新しい靴音。新たに現れた青軍服の人間が上着を拾う。高い位置で結わかれた金髪。黒い瞳。
「あいつ…確か」
瞬間的に思い出された数ヶ月前の受け付けでの出来事。見慣れているのか何も感じていないのか少佐のその光景をみてもピクリとも表情を動かさない。
今日はあの大きな剣は持っていないようである。
そのあと再びスカーとやり合う少佐に目を奪われ、あまり深くは考えなかった。
彼の大袈裟なパフォーマンスはうまくスカーの注意を引くことが出来た。
今の間にスカーを包囲するよう大佐が指示する
少佐がスカーを奥の壁まで追い詰めたとき…
―――ドンッ!
乾いた銃声がなる。
ホークアイ中尉が打ったそれは当たったかのようにも見えたが紙一重で交わされていた。
カランッと落ちるサングラス。
そこで露になる新たな姿に周りはどよめいた。
褐色の肌と、紅い瞳
ギュッと畳んだ少佐の上着を強く、強く握りしめている無表情の彼女をエドワードはちらりと盗み見た。
なんだ――……?
スカーは地面を壊し地下水道へ逃げた。取り逃がしはしたが大きな収穫だった。
壊された片腕を庇いながら中身のない鎧に近づくエドワード。アレックスはそれを視界の隅に入れならが上着を受け取ろうとエナンに近づいたときだった…
―――バキッ!
空の鎧がエドワードを殴り、そして喋った。どうやら怒っているらしい。あの鋼の錬金術師を一喝している。
マスタング大佐に問い詰めれば、あの空の鎧が鋼の錬金術師の弟だとか。命を捨てる覚悟で錬成に挑んだからこそ彼等の絆は強い、と彼は言った。
そんな二人のやりとりに気を取られているとエナンが上着を渡してくれた。
「少佐」
「む、どうしたエナン・ガーネット」
無表情だがいつもより少し声のトーンを落として何やら神妙な面持ちでこちらを見つめるエナン。そうであろう。自分でさえあの空の鎧が動いていることに驚愕しているのだから。いくら無関心の固まりのような彼女でもきっと自分と同様の気持ちに違いない。
「これ、紙とペンです」
「……ん?」
きっと彼女も同じ気持ち…
「紙とペンです」
「それは見ればわかります」
「スカーの似顔絵、書いてください」
思わず目が点になる。我が目を疑い目を擦る。そんな彼を尻目に彼女は言葉を続ける
「人相書き回すのに必要なんです」
「今…ですかな…?」
「はい、今です」
「どうしても今ですかな…?」
「誰が書くより少佐が書いたほうが断然似てますから」
終わったらヒューズ中佐に提出しますので。といつもと変わらない口調で言った。
少佐は涙しながら絵を描いた。その涙は果たして兄弟の感動シーンでのものなのかはたまた別の理由なのかは定かではない。
終わり
2011.12.12
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