Largo


特徴は



ごぽり、


ごぽっ、ごぽっ――……


水の音。


沈む体。


くるしい…


くる、しい…


キラキラ光る太陽に手を伸ばしてもどうにもならない。

体は、ただ沈んでいくだけ。

水に浮かぶ空。

ゆらゆら写るそれはまるで溺れているみたいに、そこにいた。

空が溺れていると、思ったんだ――…



ずっと、誰にも言ったことがない。


冷たい湖の奥底に深く、深くあるその秘密。

きっと、これからもずっとそうなのだ。静かに眠りつづける。


鎖をかけて



息を潜めて



静かに


静かに、眠る



誰にも言えない秘密――……






「ヒューズ中佐」

「どうした」

「アームストロング少佐はどこに」

あぁ、とヒューズは思い出したように目線を書類からエナンに変える。

「その話しをしてる時にはお前はいなかったな」

「で、どちらに?」

「今エドの護衛についててな。たしか…リゼンブールってところだったか。5日間くらいは帰って来ないんじゃないか?」

「それは困りますね」

「………ん?」

「中佐、私しばらく出かけます」

よろしいですか?とドンッと今日やった書類をヒューズの机の上に置く。

「おまっ、この量全部終わらせたのか」

厚み50センチ以上はあろう書類の山を見てヒューズはあんぐり口を開けた。

「よろしいですね」

「あ、あぁ」

「では」

すごいな、と今だ書類の山に見取れているヒューズを尻目にエナンは椅子にかけてある上着を取って部屋を出た。





「もう夕方、か」

ドクター・マルコー。少佐いわく中央にいた頃は錬金術研究機関に所属してたらしく、かなりやり手の錬金術師だそうで。内容は錬金術を医療に応用する研究をしてたとか。

あの内乱から逃げ出したくらいだ。彼からしたら軍は敵なのだろう。現に自分たちが軍の人間だとわかったらすぐ逃げ出してしまった。

“医療”というのにどこか引っ掛かりを覚えたエドワード。生体錬成に詳しいかもしれないとふみ途中下車を希望する。追い掛けてみれば思わぬ収穫。なんと実際に賢者の石を造っていたという。

初めは頑として拒んでいた賢者の石の情報も最後には教えてくれた。それがつい先程。

少佐とエドワードはベンチに腰掛けリゼンブール行きの汽車を待った。

もらった紙を見つめ、ふと“イシュヴァール”の単語からエドワードは思い出したことを口にする


「あ、そう言えばさ」

「む?」

「ヒューズ中佐と一緒にいたあの女の人ってさ」

「エナン・ガーネットのことですかな?」

「あーそうかな?なんか金髪で目が黒い」

「彼女ですな。ヒューズ中佐の補佐官ですぞ」

「へー」

「………」

「え、それだけ?」

「ふむ。それほど彼女に興味がおありかな?」

「別に?ただちょっとだけ…」

「ちょっとだけ?」

変、と思ったんだ。瞳の色とか、風貌とかではなく。


「あの人ってさ、何者?」

それはスカーとの攻防が終わって東方司令部に戻ってきたときである。イシュヴァールの話しをする際にあの彼女もいた。

“くだらねぇ”

“関係ない人間を巻き込む復讐に正当性もくそもあるかよ”

“醜い復讐心を「神の代行人」ってオブラートに包んで崇高ぶってるだけだ”

スカーに対してそう言ったとき、ギッと彼女がこちらを向いた気がした。睨まれた。でもそれはほんの一瞬の出来事ですぐまたあの無表情に戻ったかと思えば彼女はヒューズ中佐に何やら耳打ちし部屋を出て行った。


「兄さん?」

黙り込むエドワードに箱詰めにされているアルフォンスも不思議そうに彼を見る。

それに少佐もふむ、と何やら考え込む仕草をする。

「当時最年少…」

「え?」

「17歳で国家錬金術師の資格を取得。その時は少し騒がれましたな」


まぁ、その後12歳で取得したエドワードによって記録の最年少は塗り潰されることになるが。

「二つ名は“風鬼”」

「ふうき?」

「見た者からするとまるで風を司る鬼のようだと」

「え、少佐はみたことねーの?」

「ないですな。彼女はあまり公の場では戦わない」

そういえばあの時も彼女は大きな剣を持っていなかった。

「なんで、」

「あまり人のことをこそこそと嗅ぎ回るのはどうかと思いますよ」

「…………」

「…………」

「…………」

あれ、幻聴かな。今明らかに女の人の声が…。そっと後ろを振り向いた。

「えぇぇぇ?!あんたなんでここにいんの!怖っ!超怖っ!」

「少佐、こちらの書類に印を」

「シカト!?」

ペラリと見せられた用紙。それは少佐本人が目撃者として似顔絵を描いたというものだった。

気にせず少佐は懐から万年筆を取り出しサインを記入する。その最後にポンッと軽快に印を押す

「うむ。これでよいかな、エナン・ガーネット」

「ありがとうございます。どうしても今日中に少佐の印が必要だったもので」

「少佐もなんで!なんで驚かないの!なんではじめからいたみたいな雰囲気!?」

「では私はこれで」

「あんた、俺を無視してんじゃねぇよ!」

「ちょっと兄さん落ち着いて!」

すると彼女の顔がこちらを向く。いきなり目が合ったもんだからエドワードはしどろもどろに反論する

「な、ななななんだよ!」

「どうぞ」

「………は?」

「聞きたいことがあるならどうぞ」

そう聞かれると逆に言葉に詰まるのが人間というもの。かわりにアルフォンスが質問した。

「ど、どうやってここが?」

「あらゆる手段を使って」

「おい、あんた答える気ないだろ」

あらゆる手段ってなんだ。そもそもどうやって来たんだ。

「では少佐、私は失礼させていただきます」

まだ仕事が残ってますので、と彼女はホームを飛び降りる。

「「えぇぇぇ!?」」

エルリック兄弟は驚きの声をあげ、飛び降りた彼女の行方を探す


ダダッ!と馬の蹄の音。

まさかな、と思いつつも音の方向へ視線を向ける。


「「えぇぇぇ?!」」


馬で帰んの!?


頭からキノコが生えそうだ、と兄弟はもう土煙しか残っていないその場所を見つめてがっくり肩を落とした


なんだったんだ…







――ガタン、ゴトン…

揺れる汽車。どっと疲れた顔でエドワードは顔を歪ませる。

「せめー」

お互いの鼓動が伝わるんじゃないかってくらいの密着度。アルフォンスがまた家畜車両の羊たちと一緒にいるのがなんとも言えなかった。
つうかどうせ座るんなら前に行けよ。横で本を読んでいるこの人にそう言えば「護衛なのでな」の一言で終わった。

「そう言えばさ少佐、マルコーさんのことはいいわけ?」

そう声をかけると彼は読んでいた本を閉じ、暑苦しい顔をこちらに向けた。

「実は俺達のこと付けてたかもしれねーじゃん」

あの戦場から極秘重要資料を持ち逃げしたマルコーを見つけたとなればそれなりの手柄になる。

「中央に報告するんじゃねーの?」

せっかく見て見ぬフリをした少佐のイキな計らいも無駄になる。

「うむ。例えそうだとしても彼女なら大丈夫でしょうな」

「なんで?」

「あぁ見えて素直でいい人なのですぞエドワード・エルリック」

「全っ然見えねぇ!」

大佐の次になるべくなら関わりたくない人ランキングに入った瞬間だった。





終わり
更新日2012.1.8


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