風鬼
「なんであんたがここにいんだ!」
「ちょ、兄さん!失礼だろ!」
「護衛を務めることになりましたエナン・ガーネットです」
よろしくお願いします。と無表情に言う彼女にエドワードは発狂しそうだった。
事の始まりは今から30分前に遡る――…
ようやくリゼンブールから中央へ来たエルリック兄弟。これから賢者の石の情報があるという第一分館まで行くところ。暑苦しいアームストロング少佐とようやく離れられると思うと自然に表情が緩んでしまう。
ただまた護衛が着くのが難点である。べつにロス少尉、ブロッシュ軍曹が嫌だというわけじゃない。仕事だから仕方ないのもわかる。
だがいつも兄弟二人だった空間に他人がいるというのは気持ちが落ち着かないというか、居心地が悪い。
最後の別れと言わんばかりに少佐は迎え用の軍車まで着いて来た。
少佐が何故か運転席に座る奴に手を振っていた。
知り合いか?と興味本意で車に乗り込む前に運転席を覗くと冒頭の話しに戻る。
帽子を被り一瞬誰だかわからなかったが、振り向いた無表情ですぐわかった。
「なんで運転席にいんだよ!」
「私たちが運転すると言ったのですが…」
「うむ。彼女はいつも運転するときは自分でするのですぞ」
「はぁ?なんで」
「誰も信用してないからです」
ぴしゃり、と言い放つ彼女にエドワードが言葉に詰まってるとアルフォンスが背中を押す。無理矢理車に詰め込みロス少尉とブロッシュ軍曹が乗り込んだところで車は発車した。
「ガーネット大尉をご存知で?」
少し落ち着いたところでロス少尉はエルリック兄弟に尋ねる。
「え、この人大尉なの?」
知らなかったんですか?と少しびっくりしたようにブロッシュ軍曹はエドワードをみた。
「少佐も、ヒューズ中佐も呼び捨てで呼んでたから」
「階級呼びは虫ずが走るので」
ボソッと言った彼女の言葉に車内はシーン、と静まり返る。
そうだった…!とブロッシュ軍曹は己の失態に額を叩いた。
でもまてよ、とエドワードは違和感を覚えた。国家錬金術師は少佐相当官の地位があるはずでは…?
いややめよう。あいつの話しをするのはやめよう。ろくなことがない。
空気を変えようとブロッシュ軍曹はアルフォンスに何故鎧の姿なのか尋ねれば、兄弟の「趣味で」の一言でまた車内は静まり返るはめとなる。
先日、国立中央図書館から西隣りにある第一分館が全焼した、という大規模な事件があった。
不審火からが原因らしいがお陰でこちらは大忙しである。
真っ先にその事を知ったヒューズは急いでエナンに車の用意をするよう伝えた。ヒューズの雰囲気を感じとりエナンは尋ねる
「どうされましたヒューズ中佐」
「第一分館が全焼した」
「なんの御冗談ですか?笑えません」
「さりげに俺を冷めた目で見るな!」
お前が爆笑してるところなんて見たことねぇ!と胸の内でヒューズは思う
第一分館には軍法会議所に近いため過去の事件や記録、名簿が保管されていた。それが全て焼けてしまったとなればこれからの業務に差し支えること間違いない
「とりあえず残ってる資料がないか見に行くぞ!」
「全焼…なのに?」
「嫌な顔をするな!俺も同じ気持ちだ」
「このクソ忙しいときに」
「俺も同じ気持ちだっつーの!」
タッカーのことだってまだ片付いていないのだ。これからもっとクソ忙しくなるに違いない。娘の誕生日が近いのにこの騒動。その日に合わせて非番を取ったのに無くなる可能性大である。いや、絶対その日は休むぞ!例え地球が滅んだとしても!
そんなこんなで激務に終われること二日。
どんなに仕事が長引いても最愛の妻、溺愛の娘が待っている家へ帰らなければならないヒューズは昨日は部下に仕事を押し付け帰宅した。
翌日、また激務に追われ少し遅い昼休みを終えたヒューズは廊下を歩いていると前に見知った巨体を見つけて声をかけた
「アームストロング少佐?」
「おぉ、ヒューズ中佐」
「もうエドの護衛はいいのか?」
それに少佐の表情が止まった。ん?と変な雰囲気に首を傾げれば少佐は「聞いてないのですか?」と汗を少し垂らしながら逆に聞いてきた。
「今エルリック兄弟は中央に来てましてな」
「なんだよあいつらー。来るときは声かけろって言ったのに」
聞いてねぇよと笑って言えば少佐は違います、と更に汗を流した。
「ん?」
「我輩が中央司令部に報告する間、部下だけでは不安でしたのでエナン・ガーネットに護衛を頼んだのですが……」
「え……」
今度はヒューズ中佐の表情が止まった。少佐の汗も止まらない。
「聞いてねぇぞ」
「でしょうな…」
「あいつ…!道理で今日見掛けねぇと思った…!」
「で、ですが、頼んだのは駅から第一分館までの間だけですのでもうすぐ戻ってくる頃かと」
「昨日の仕返しかあいつ…!」
「何をしたのです中佐殿」
「残業押し付けて先帰った」
「……………」
「あーくそ!仕事がてんてこ舞い過ぎて抜けらねぇ!少佐!あいつを連れ戻して来てくれ!」
「その必要はありませんよ少佐」
背後から聞き覚えのある声が聞こえるとヒューズ中佐は「ぎゃーっ」と悲鳴をあげた
「お前…戻って来たのか…?」
「当たり前です。サボったりしませんよ仕事が山ほど残ってるのに」
誰かさんと違って。と胸に突き刺さる言葉を残してエナンは立ち去った。何故だろう。彼女が通り過ぎただけなのに冷気が通り過ぎたかのようにひんやりしたそれに二人はしばらくガタガタと震えていたという
終わり
2012.1.23
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