大尉
第五研究所に忍び込み深手をおった兄。とりあえずロス少尉のツテで軍とは無関係のこの病院に入院することとなった。
そのほうが軍に余計な手続きもしないで済むし、変な勘繰りもされない。傷の経緯なんてもっと面倒だ。
ブロッシュ軍曹に思い切り殴られ説教された後、まだ安全とは言い切れないからあまり病院から出ないようにと言われた。
しかし一通り病院を廻った所で、外に出たいと思ってしまった。少しでも気分転換したいと近くの公園に足を運んだ。
ベンチに腰掛け、夕焼け空を見上げた。たくさんの鳥が一斉に西へ向かっている。
「巣に帰る鳥が羨ましいですか?」
「えっ?」
突然声をかけられる。
空から視線を変えれば目の前には兄があまり得意としない人がいた。
「いえ、なんでもありません」
そう言うと彼女は自分が座るベンチの横に移動した。座るわけでもなく、何か言うわけでもない。ただ前を向いて突っ立ってるだけの彼女。初めて見る横顔は新鮮だったが無表情には変わりなかった。
「あっあの座り、ます…か?」
どもってしまった。
彼女の不可解な行動を否定するつもりはないが動揺した。兄じゃあるまいし、と自身を一喝して横にズレ、隣を勧める。
「いえ、護衛ですので」
「………」
護衛で来たのか。と何か期待していた自分に気づいてごまかすように咳ばらいした。
「……………」
「……………」
沈黙が重い。けれどそれを気にしているのはたぶん自分だけなのだろう。兄とのやりとりしかエナンという人物をみていないが、この人はただ仕事をしているだけなのだ。そこにはなんの感情もない。
「……………」
「……………」
頭でそう理解していても気になってしまうものは仕方がない。耐え切れなくなったアルフォンスは必死に会話を探した
「あ、あの…」
「はい」
「さっきの…どういう…意味、ですか?」
勇気を持って聞けば彼女は実に簡潔にその質問に答えてくれた。前を向いたまま。声色一つ変えずに。
「得に意味はありません。忘れてください」
「……………」
会話は終了した。
また沈黙が続く。この状況を打開することは実に簡単なこと。兄のいる病室へ戻れば良いだけ。
戻りたく、なかった。
それほどバリーの言葉には破壊力があった。
記憶は造りもの。
皆が自分を騙している。
肉体を取り戻すことは不可能。いや、実は初めから人間じゃなかったのかも。
一度突かれたらポロポロと出てくる不安、疑心、動揺。
考えれば考えるほど兄を信じられなくなっていた
気づけば小鳥がアルフォンスの膝の上に乗っていた。ハッと我に返り隣を見れば彼女は変わらずそこにいた。
「あの、一つ…いいですか?」
「なんですか」
「僕の鎧の中のことは知ってるんですよね?」
「東部でスカーが現れた際、近くにいましたから」
「どう、思いました?」
「どう…とは」
「あっ、えっと…」
逆にそう言われると困った。自分でも何故、そんな質問をしたのかわからないのに。
「人間じゃない…とか?」
言って虚しくなってきた。何を期待しているのだろう。会って間もない、しかもこんな人間かどうかも怪しい奴からこんなことを言われて困るに決まっている。
気まずくなってアルフォンスは地面を見つめた
「人体の構造がきちんとしてなければ人間ではないのですか?」
「え…?」
返ってくるとは思わず、彼女の方を向く。エナンも前方ではなくこちらを見ていた
「もし、本当にあなたの魂が造りものだとしたら…」
次の言葉を溜め、ジッとアルフォンスを見た。まるで真意を確かめるように。
「殺したいほど、実の兄を恨みますか」
その言葉にアルフォンスは驚愕する。
「殺したいなんて…!」
「じゃあ一度ぶつけてみればいい」
「え………」
「ここで悩むよりはいいかと」
「…………こ、恐いんです」
言って、もし本当だったら。自分は、どうすればいい。存在そのものを完全に否定されたことになる。ザワザワと背後からくる寒気。不安でしかたなかった。自分はどうなってしまうのか。エナンの言葉ではないが怨む理性に負けて自身を見失うのではないか。
「私が近くにいます」
「………っ………」
どんな、言葉よりも安心したのは何故だろう。エナンだからだろうか。嘘は言わないような気がして素直に聞けた。
狂気に堕ちそうになっても止めてくれる気がした
「言って、みます」
結局、兄に言った言葉は爆発的な言い方になってしまった。ここまで大きな喧嘩は久しぶりかもしれない。言った瞬間、兄の顔を見て後悔した。少し寂しい背中が部屋を出ていく。茫然とする自分。
そして飛んできたスパナ
泣きながら怒る幼なじみ。ガンッガンッと叩かれても痛みがない体なのに痛かった。心が、痛かった。
「自分の命を捨てる覚悟で偽物の弟を作るバカがどこの世界にいるってのよ!!」
全くその通りだった。なんて、バカなことで悩んでいたのだろう。
「追っかけなさい!」
びしっ!と入口を指された指。
やっと動かすことが出来た足。
早く言って謝らなくては。
ごめん。
ごめん。
ごめん、兄さん
途中、無表情の彼女が廊下に立っていた。
「屋上に行かれましたよ」
すれ違い様にそう言ってくれた。余程自分は焦っていたのだろうか。礼も言わずに無我夢中で屋上へ向かった――…
兄らしい仲直りの仕方だったと思う。まだ怪我が治ってないのに蹴りやら拳やらが飛んできた。ふいを突かれた蹴りが見事に入り、ガシャンッと大きな鎧が倒れた。続いて倒れ込む兄。
二人で寝転んだまま、空を見上げた。ぽつり、ぽつりと思い出を話すエドワード。
「全部嘘の記憶だって言うのかよ」
「……ごめん」
そしてエドワードとアルフォンスは誓う。もっと、もっと強くなることを。二人で元の体に戻ることを。もう二度とこれしきのことで揺らがないと。
兄弟の中にあった変なまだかまりはやっと溶けてなくなった。
空はいつもより広く、綺麗に澄んで見えた――…
よろよろと立ち上がる兄を庇いながらアルフォンスも立ち上がる。屋上の出口を見れば兄弟を心配して見に来たウィンリィとヒューズの姿が見えた。
四人で病室へ戻る途中、アルフォンスはふと先程のことを思い出した。
「そう言えば昨日エナンさんに会ったよ」
初めこそ後悔したが今では言ってよかったと思っている。あの後押しがなければ今だ一人悶々としていたかもしれない。
「なんだあいつ来たのか」
少しずり落ちた眼鏡を押し上げながらヒューズはそう呟いた。
「エナンさんって?」
後ろを歩くウィンリィが不思議そうに尋ねる
「俺の補佐官だよ。ほら今日俺達をここまで送ってくれた運転手いたろ?あれがそう」
対してエドワードは変な顔をしていた。唇を尖らせ終いにはケッとチンピラみたいな言い方をする。
「あいつがアルに何のようだよ」
「僕の護衛で来てくれたみたい。すごくいい人だったよ」
「護衛〜?」
後ろからいきなりヒューズが、にゅっと兄弟の間に割って入ってくる。
「どわっなんだよ中佐!」
「アルの護衛なんて頼んだ覚えねーがなぁ」
「えっ」
そう言えば、どうして彼女は自分がバリーの言葉で悩んでいるとわかったのだろう。第五研究所のことは知らないはずである。
“巣に帰る鳥が羨ましいですか”
今思えばあの言葉も帰る家がある人たちが羨ましいですか?と聞かれたような気がした。つまり自分たちが根無し草だってことを知っていることになる。
「あ…少佐かもな」
ぽつり、とヒューズがそう言った。聞けばつい最近も似たようなことがあったらしい。
「仕事は丁寧で速いし、それ以上の出来だから文句なしなんだが…」
たまに居なくなるんだよなぁ。と愚痴をこぼすヒューズ。
兄弟はマルコーの件での後を思い出し、もしかしてあれか、と微妙な表情を浮かべる。
「そういえばエナンさんは?」
先程までいたはずだ。屋上を教えてくれたのは彼女なのだから。それにまだ礼を言っていない。
「あぁ俺をここまで送ったらすぐ帰ったぞ」
あれは帰る途中だったのかと納得した。
部屋に戻るとエルリック兄弟は互いに目配らせし、なるべく自然に汽車のキップを買いに行ってもらえないかとウィンリィに頼んだ。彼女は二つ返事で了承してくれた。
部屋から出たのを確認すると、ロス少尉とブロッシュ軍曹に人ばらいをお願いする。
それら全て確認した上でエルリック兄弟は頷き合い、第五研究所であったことをヒューズとアームストロングに話す。
別にウィンリィに居てもらっても構わなかった。けれど極力彼女を巻き込みたくないというのが本音なのである。今回の件は得に血生臭かったし、優しいあの子はきっと泣いてしまう。そう思うと、今からする話しはあまり聞いてほしいものではなかった。
一通り話し終えたところでアルフォンスは気になっていたことを口にする
「話しが変わるんだけど。ねぇ少佐」
「む?」
「エナンさんに僕たちのこと話したの?」
「えっ少佐、あいつに話しちまったのかよ!口軽すぎ!」
それに少佐はポカン、とした表情を浮かべる。
「ん?どうしたんだ少佐」
「我輩は誰にも言っておらんぞ」
「え、だって僕たちが根無し草だって知ってたみたいだよ?第五研究所の件だってわかってたみたいだし」
「昨日のアルの護衛は?少佐が頼んだんじゃねーの?」
「我輩は何も…」
少し考えて少佐は慌てたように弁解した。
「あ、おぉおぉそうであった!そうであった!つい口が滑ってしまってな。忘れておった」
普通忘れない。と三人とも少佐を疑わしい目でみる。 嘘を付いているのは明らかだった。
少佐ではない。じゃあ彼女は誰から―――…?
その後大総統が見舞いに来て、その話しは中断される。
どうやら軍内部に不穏な動きがあるのには薄々気づいていたらしい。これ以上探りを入れるのは危険と判断され、この件は様子見となった。嵐が去ったあとに、丁度よくウィンリィが帰ってきた。
機会鎧技師の聖地、ラッシュバレーに寄るか寄らないかでエドワードと討論している間、ヒューズだけは何やら考える仕種をしていた。
次の日、エルリック兄弟はウィンリィとともに中央を後にした。汽車の中でグレイシアが作ってくれたアップルパイを頬張りながら、ヒューズ家のことを話す。
仕事で忙しいと言いながらもしょっちゅう見舞い来て。賢者の石にだって協力してくれて。
幼なじみというだけでウィンリィを泊めてくれたりもした。
「今度中央に行ったら何か礼しなきゃな…」
だから、これからもそうだと思っていた。
中央へ行けばいつものあの調子で「よっ!」と自分たちに会いに来て、聞き飽きた家庭自慢を延々されて。
ずっと、ずっと、そうだと思っていた。
そんな彼が、殺されているなんて微塵も思わずに―――…
終わり
2012.3.24
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