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近所のおばさんに弟を預け母と二人で調査兵団の本部へ向かう。道中会話は無かった。ナマエは時折、前を歩く母の背を見ながら黙って後をついていく。
門番から案内され団長室まで歩くと重苦しい色の扉をゆっくり開く。何となく下に向いていた視線をようやく上げるとそこには見覚えのある男が居た。
「あれ、この間の…あんたが団長だっ…いたっ!」
「あんたとは何だい!申し訳ありませんっ!」
母に頭を叩かれそのまま無理やりそれを下げさせられる。
「構いませんよ。娘さんと話した際に私が団長であることを話していなかったんです」
さぁどうぞ、と上質そうなソファに促され母と共に腰かける。ちら、と前を見ると優しく微笑むエルヴィンと目が合いナマエは咄嗟に顔をそらした。
「お母様には昨日お話しましたが…手紙でも書いた通り、調査兵団の調理員として娘さんを正式に雇いたいと思っております」
「……」
「お母様はご実家の方へ戻られるということですので、1週間という短い期間でしたが経験もある娘さんに来ていただけると我々としても…」
「え、ちょっと待って…母さん、実家に…戻るの?」
母の顔を覗き込むと気まずそうに視線を反らした。実家に戻るなんてナマエは聞いていない。祖母の具合があまり良くないのだと、しばらく黙り込んだあと母は小さく言った。祖母のことについてはナマエの個人的な後ろめたさから母が帰ってきてからも何となく聞けずにいたが、医者が言うにはもうあまり長くないらしい。祖父もとっくに他界していて母も仕事をしている身で毎日通うには難しく、やむ無く一時的に仕事を休み祖母の看病をするつもりだったのだ。
「そういうことなら…私は、いいよ。母さんが戻るまで調理員してれば良いんでしょ?1週間問題なくやれたし、それの延長だと思えば…」
「けど、あんたを一人置いていくのは…何かあったら、」
「その事ですが、娘さんにはここに住み込みで働いてもらおうと思っています」
「「えっ…?」」
「仕事が遅くなることもあるようですし、住み込みなら夜道を一人で歩かせることもない。翌日の仕込みなどもやりやすいでしょう」
「で、でも…ご迷惑では、」
「こちらは全く問題ありませんよ」
母はだいぶ渋っているようだったが、最後には納得しナマエが働くのを許した。ほっと胸を撫で下ろすと共に何とも言えない高揚感がナマエを包む。
「ナマエ、改めてよろしく頼むよ」
「うん、……あ、はい」
つい普通に返事をしながら差し出された手を握ると横からものすごい視線が飛んで来て思わず言い直す。苦笑しながら見つめるエルヴィンの視線が痛かった。