愛に落下
恋と愛はやはり似て非なるものなのだと、以前三本の箒でたまたま居合わせた、世の中の酸いも甘いも噛み分けてきたような女性は語っていた。恋は一方的なもので、愛とは双方向的なもの。或いは恋は突発的に生じるもので、愛とは時間とともに育まれるものだと。
私はふと彼女の言葉を思い出しては、愛と恋の違いについて考えてみるのだった。
五年生からの転入という異例の存在にも関わらず、自分自身は悩みなんて一つも持っていないかのように平然とした顔で皆の悩みに首を突っ込む、まさしくお人好しのハッフルパフ生。それがきっとホグワーツの生徒大半が私に抱くイメージに違いない。現に陰でそう言われているのを聞いた事がある上に、仲の良いポピーや他寮のナティにまで「いくらなんでも断らなさすぎだ」と苦言を呈されることもしばしば。
けれど自分にはただでさえ四年分のハンデがあり、さらに古代魔術という生まれた頃から魔法使いとして生きてきた彼らにとっても未知の力を持っていると知れば、悩みがない方が可笑しいだろう。そうでなくても多感な年頃の子どもだ。
ただ、自分の抱えるそれらの問題を差し置いて他人の手伝いばかりしているのだから、お人好しと呼ばれてしまうのも仕方がないのかもしれない。
今日こそは久し振りに図書館に篭り、昨日出された魔法薬学の特別課題の資料でも探そうと、向かう階段を下っていた。
「どうかしたのか」
階段を降り切る所で、もうすっかり耳に馴染んだ声が聞こえて立ち止まる。振り返ると「上だよ」とまた声が聞こえ、促されるままに天井を仰ぐ。すると、踊り場の手摺りに凭れ掛かる男の子のカフェノワール色の瞳と目が合った。途端彼は踵を返し、あっという間に階段を駆け降りて目の前にやって来る。
「セバスチャン、どうかしたの?」
彼は口元を少し緩めて微笑む。それが視界に映るだけで胸が痺れるような心地がした。
「君が珍しく落ち込んでる様に見えたから心配したけど、元気そうだな」
もしかしたらアンの呪いを解く手掛かりでも見つけたのかと予想をつけていた私は「え、」と口を開けて呆けてしまった。
「なんだよ」
私の間抜け面を見たセバスチャンが笑う。そんな優しい事を言う男の子に目頭が熱くなり、じわりと温かいものが込み上げてきそうになる。自身が彼にとって特別な存在であるような気がして、綿菓子のようにふわふわとした柔らかな感情が胸に浮かぶ。
けれど私はこの先を望まない。少なくとも今は。
「ううん、心配してくれてありがとう。大丈夫だよ」
彼は「そうか」とほっと息をひとつ吐く。そうしてどこに行こうとしてたのかとか、今日の授業についてだとかたわいもない世間話に変わっていく。
この感情を恋と呼んで良いのか分からない。彼と話していると自然と胸の鼓動が速くなる。自惚れでなければ、彼が私に向ける感情もまた同じだと感じる時が何度もある。
けれど他の子達のように手を繋いだり、陰に隠れてこっそり口付けを交わしたり、そういった事をする関係になりたいかと問われればどう答えれば良いのか分からなくなってしまう。今の彼にそれはきっと望めない。時折考えに耽る彼の姿を見ていると、今はただその傍に居ることができれば十分だと思ってしまう。
ルームメイトと夜中に「今日は特別だから」とお菓子を食べながらする話にしては、甘さも苦さもどちらも足りない。だからきっと、これが私にとっての愛なのだろう。