メロウ・アイスクリーム

「あっ勿体ない!」
「…おい、」

 少しだけ温くなって腕を伝うそれは、咄嗟に掬った舌の先から喉を下りて潤していく。その甘さに頬を緩めていると横から咎めるような声が飛び込んで来た。どうかしたかと見上げた彼の顔は想像以上に険しく、何やら物言いたげだ。
 セバスチャンとホグズミードを散策中、期間限定で出店していたアイスキャンディ屋さんの涼やかな看板が魅力的だった。しかも今日はここ最近で一番の日差しの強さだ。すっかりその誘惑に負けてしまった私たちは、私がミルク味、彼がチョコレート味とそれぞれ一本ずつ購入し、建物の影になっているベンチに腰を掛けて食べることにした。
 セバスチャンはものの数十秒ほどであっという間に食べてしまったが、私はその冷たさを少しでも長く堪能していたくて、ひとくちひとくち彼の倍の時間を掛けて食べていた。けれどその間にも太陽は容赦なく照り付け、幾ら日陰でも二、三分と経たずにアイスはどろどろに溶け始めていた。

「なあ、もう少し周りを気にしてくれよ。」

 躊躇うようにして開閉を繰り返していた口から吐き出された彼の声は、少しの怒りと呆れのようなものを感じさせる。は、と息を呑んだ。確かに腕に垂れたアイスを舐めるなんて傍から見れば意地汚くて下品な行為だったかもしれないと、私はこの時初めて気がついた。それもいくら気心知れた相手だとしても、よりにもよって恋人の目の前でしてしまうだなんて。眉根を寄せて此方を向く彼の視線にたえきれず、こんなに怒る程の事をしてしまったのだと自分が情けなくなって俯いた。

「ごめんね、今度からはハンカチでちゃんと拭くから」
「ああ……そうしてくれると助かるよ」

 素直に謝ると、彼の眉間のシワは消え普段通りのものに戻った。目付きも幾らか和らいだように見えて、私は内心ほっと溜息を吐く。

「不快な思いをさせてごめんね」
「ん? いや、別に不快って訳じゃないさ」
 
 彼は不意を突かれたような、少し気の抜けた声を上げて目を丸くした。そうなの、と私が聞き返すと、ああ、だとか、んー、だとか歯切れの悪い声を漏らしながら首を左右に振る。どうやらそこは私の思い過ごしだったようだ。彼がこの事にそれほど強い嫌悪感を抱いていたわけでは無いと知り、いよいよ私は安心しきって自然と強ばっていた表情をほぐす。

「いや、君、もしかしてなんで僕がやめろって言ったか分かってないだろ?」

 意図が掴めず首を傾けると再び彼の眉間に刻まれた皺。しかしそこに含まれていたのは嫌悪というよりは、呆れや戸惑いといったものだった。
「まあ分からないか……でもなぁ、」と彼は右手をこめかみに当て前のめりに俯いた。そして隣合って座っているからこそ漸く聞き取れるくらいの声量で呟く。彼は一体何が気に掛かっているのだろう。はっきりと直接言ってくれれば私にも改善する余地があるのに。
 そうこうしている間にもアイスはどんどんと溶けていき、私の腕を伝っていく。ぽたり、肘から雫となって石畳の上に落ちる。このままでは埒が明かないと私は彼のローブをくいと手前に引いて、意識を此方に向けさせようと名前を呼んだ。
 けれど返事は返って来ない。ただ、ついと顔を上げた彼のカフェオレのように優しい色をした瞳と、じっと視線が交わった。そして彼の自分より一回りほど大きい骨ばった左手がアイスキャンディを持っている私の右手首を掴む。溶けた甘い液体が、私の指からセバスチャンの指へと伝っていく。

「ああもう、手べとべとになっちゃうよ」

 ハンカチを取り出そうと空いている左手で反対のスカートのポケットを探る。検知不能拡大呪文を掛けている訳でもないので直ぐにハンカチは手にしたけれど、右手が固定されている若干の不自由さでなかなか取り出す事が出来ない。
 ぽたり、また雫が落ちていく。彼の視線はそれを追うように下がっていった。ハンカチを握った手にじわりと汗が滲む。暑さの所為だけではない、蛇に睨まれた蛙のような別の緊張感。

「セバスチャン……?」

 恐る恐る声を掛けると再び此方を向いた。戸惑いの色を浮かべる私の姿をその瞳に捉えたまま、彼は私の腕をゆっくり自分の顔の方へ近づけていく。そして口がぱかりと大きく開き真っ赤な舌が現れたかと思うと、何を思ったか突然べろりと私の腕を舐め上げた。

「え、あ、なに」

 目の前の光景に理解が追いつかず、私は言葉を失った。腕を離してもらおうと思っても、まるで石になってしまったかのように自分の身体は動かない。そうしている間にまた一筋流れていく。彼の腕まですっかりアイスまみれになっていた。

「あーあ、」

 少し愉悦を含んだその声の低さに、胸の辺りがざわりと波打つ。彼の舌がまた、私の腕を、彼の手を、そしてまた今度は私の人差し指を這う。熱い吐息が爪先を擽り、ちゅ、とリップ音をたてて厚みのある唇が触れた。ちょっと、と声を上げてもお構いなしだ。あまりにも扇情的な光景に、カッと顔の中心に熱が集まってくるのを感じる。けれど恥ずかしくて堪らないのに、目線はどうしても彼の挙動を追ってしまって反らせない。このまま自分もアイスと一緒に溶けてしまうのではないだろうか。

「なあ、分かってくれたか食いしん坊さん?」

 彼と闇の魔術に対する防衛術で初めて対峙した時の事を思い出した。決闘を楽しむ好戦的な瞳。それが煌めく。してやったりと笑う彼がとても憎らしい。どろどろ、溶けたアイスがまた私たちを汚していく。








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