メロウ・アイスクリーム
※こちらのお話はこんな話いかがですかさんより、お題(「溶けたアイスが手首を伝う」で始まり「あんまり綺麗で、目頭が熱くなった」で終わります。)をお借りして書きましたが、最後の一文は異なります。
溶けたアイスが手首を伝う。
「あっ勿体ない!」
「おい、」
咄嗟に腕に垂れた白い液体を舐めとると、横から声が飛んでくる。「ん?セバスチャンどうかした?」と見上げた彼の顔は想像以上に険しい表情をしていて、何やら物言いたげだ。
セバスチャンとホグズミードを散策中、期間限定で出店していたアイスキャンディ屋さんの涼やかな看板が魅力的だった。しかも今日はここ最近で一番の日差しの強さだ。
すっかりアイスキャンディの誘惑に負けてしまった私たちは、私がミルク味、セバスチャンがチョコレート味とそれぞれ一本ずつ購入し、建物の影になっているベンチに腰を掛けて食べることにした。
セバスチャンはものの数分であっという間に食べてしまったが、私はいっぺんに食べてしまうのがなんだか勿体ない気がして、ひとくちひとくちセバスチャンの倍の時間を掛けて食べていた。
でもその結果溶かしてしまったので元も子もなかったかもしれない。
「なあ、もう少し周りを気にしてくれよ。」
躊躇うようにして開閉を繰り返していた口から吐き出された声には、少しの怒りと呆れのような感情が込められている気がした。
は、と息を呑む。確かに腕に垂れたアイスを舐めるなんて、傍から見れば汚いし下品だったかもしれない。いくら気心知れた友だちの前でも、普段優しい彼がこんなに怒る程の事をしてしまったのだ、と私は反省した。
「ごめんね。今度からはハンカチでちゃんと拭く。」
「ああ・・・そうしてくれると助かるよ。」
私が素直に謝ると、セバスチャンの表情は柔らかく普段通りのものに戻り、内心ほっと溜息を吐く。
「不快な思いをさせてごめんね。」
「ん?別に不快って訳じゃない。」
「えっそうなの?」
続けた私の謝罪に、彼はきょとんと僅かに目を丸くする。怒っていたわけでは無かったんだ。と安心すると共に、では彼は何故あんな気難しい顔をしていたのかという疑問が浮かぶ。
「あー・・・君、なんで僕がやめろって言ったか分かってないな?」
また眉間に刻まれる皺。しかしそこに含まれていたのは怒りというよりは、呆れや戸惑いといった表情だった。
「まあ分からないか・・・でもなぁ、」と何やら歯切れの悪い様子に、どうやら私たちの間に解釈の違いが生じているらしいことを悟る。
「セバスチャン?」
ふと、何かを決断したような表情のセバスチャンがアイスキャンディを持っている方の私の手首を掴む。
「手べとべとになっちゃうよ。」
こうしている間にも私のアイスは少しずつ溶けていっており、私の腕を伝っていた。セバスチャンはそれをじっと見つめ、私の言葉なんてお構いなしという風に黙っている。
彼の纏う空気が変化したような気がした。
掴まれているのとは反対の握った手の中にじわりと汗が滲む。暑さの所為だけではない、蛇に睨まれた蛙のような別の緊張感。
「セバスチャン・・・?」
恐る恐る、再度私が彼の名前を呼ぶと、今度は腕を見つめていた瞳が此方を向いた。戸惑いの色を浮かべる私の姿をその瞳に捉えたまま、彼は私の腕をゆっくり自分の顔の方へ近づけていく。
そして口がぱかりと大きく開き、真っ赤な舌が現れたかと思うとべろりと私の腕を舐め上げた。ミルク色の液体が綺麗さっぱりなくなる。
「え、あ、」
目の前の光景に理解が追いつかず、私は言葉を失った。腕を離してもらおうと思っても、まるで石になってしまったかのように自分の身体は動かない。
そうしている間にまた一筋流れ、今度はセバスチャンの手までどろりと侵食していく。
「あーあ、」
少し愉悦を含んだその声の低さに、胸の辺りが騒ついた。
再び彼の舌が私の腕を、彼の手を、そしてまた今度は私の人差し指を這う。熱い吐息が爪先を擽り、ちゅ、とリップ音をたてて厚みのある唇が触れた。
「あっ、セバスチャン・・・!」
あまりにも扇情的な光景に、カッと顔が熱くなる。恥ずかしくて堪らないのに、目線はどうしても彼の挙動を追ってしまって反らせない。これ以上暑くなったら自分もアイスと一緒に溶けてしまいそうだ。
「なあ、分かってくれたか?」
してやったりと笑う彼がとても憎らしい。どろどろ、溶けたアイスがまた私たちを汚していく。まだ暫く彼は私の腕を離してくれそうにない。