Sebastian side

 籠った空気にカビと埃の臭い。天井からぶら下がる燭台は数時間前に自分が放った呪文を受けてめらめらと火を灯している。親友のオミニスに教えてもらったこの地下聖堂は、恐らく僕の双子の妹のアンを含めた三人しか知る者のいない秘密の場所だった。誰にも邪魔されずに授業で習わないような呪文を試したり、静かに考え事にふけりたい時にも最適な場所。
 そろそろ寮に戻るかと読んでいた本から顔を上げると、切れた集中力と引き換えに押し寄せてくる倦怠感。首の凝りをほぐすようにぐるりと回したり手で揉んだりしても慰め程度の効果しか得られなかった。
 今回もあまり参考になりそうな事は書いてなかったな、と閉じた本の背表紙を見つめ、そして積み上げられた本の山にそっと戻す。
 いつになれば元通りになるのだろう。焦燥感に息が詰まる日々だ。
 アンが小鬼ゴブリンに呪われた。どの癒者に見せても確かな治療法を見つける事はできず、刻一刻と時が過ぎるにつれて悪化していく症状。発作的な強い苦しみが日に何度も襲い掛かり、満足に眠れる日は多くないようだ。それまでは僕よりも活発で日の下が似合うような奴だったのに、段々と窶れていくアンの肌はもはや土気色で、目元には濃い隈が浮かんでいた。早く治して苦しみから解放してやりたいのに、今のままではどうもしてやれない。
 見回りの先生や監督生達に見つからないよう、僕は先に目眩し術を使ってから地下聖堂を出た。
 入口が階段の裏の突き当たりに位置している事もあり、幸い近くには誰もいない。中階段の踊り場に真紅色のネクタイをした監督生が二人立っていたが、彼らは他に誰も居ない(僕を除いて)のを良い事に、見回りそっちのけで見つめ合っていた。どうやら恋人同士らしい。あまり見覚えの無い顔だから恐らく上級生だろう。職務怠慢だなと呆れつつも、お陰様で安全に横切ることが出来た。
 大きな扉をそっと人ひとり分通れるだけの隙間を開けて中庭に出る。向かいに見える扉から降りて行けば、その先には我らがスリザリン寮だ。
 ひんやりとした空気が頬を優しく撫ぜていく。開けた視界に宙を仰ぐと、大きなホグワーツ城の奥に沢山の星屑が散らばっているのが見えた。風でざわざわと葉が揺れ擦れ合う音。どこからか聞こえてくる虫や動物の鳴き声。それらに胸の中のわだかまりが少しだけ軽くなる。
 一際強い風が背後からやってきて、クセのある髪が視界の一部を塞いだ。鬱陶しいなと髪を後ろに撫で付けると、人陰がある事に気が付く。先生や監督生だったらマズいと距離を取ろうとしたが、小さく聞こえた呻き声に思わず足を止める。その人影は酷く苦しそうにしていて、その姿に妹を重ねてしまった。アンではないと分かっていながら、僕は見過ごす事も出来ずに立ち尽くす。とても苦しそうな、女の子の声だった。
 取り敢えず様子を見ようと近くまで寄るとその人影の正体が顕になる。ヴィーラの血を引いているのではないかと噂のあるレイブンクローの同学年、ティタニア・ノックスだ。
 口元を抑え必死に何かを堪えるような様子の彼女は、何かを探るように視線だけをきょろきょろとさ迷わせている。そしてとうとう、その星の欠片をそのまま嵌め込んだようにきらきらと輝く黄金色の瞳が此方を見遣ると、僕は目眩し術を使っていたにも関わらず彼女に声を掛けてしまった。




「───ごっごめ、ん、なさい・・・」

薔薇のつぼみの様にほんのりと赤く色付いた小さな唇が、嗚咽混じりの謝罪を紡ぐ。僕の上に馬乗りになって謝る彼女が瞳を瞬かせると、その黄金から一粒の星屑が流れ落ちていく。ローブの裾から覗く肌は月の明かりを受けて青白い。
 こんなに至近距離で彼女の顔を見た事がある奴が何人いるか知らないけど、確かに彼女の美しさは人間離れしたものだと考えてしまうのも無理はないだろう。
 彼女の右手が僕の頬、そして首を撫で下ろす。可愛らしい唇から鋭く尖った牙と呼んで差し支えのない歯が覗いているのを見てひやりとした汗が流れ出た。これは大分マズい状況だなと頭では理解していたが、目の前ではらはらと涙を流す彼女の苦痛に歪んだ顔から目が離せない。心臓を鷲掴みにされたような心地だった。
 咲いたばかりの薔薇のような香りを纏わせ、彼女の甘い吐息が近付いてくる。そして突如首元に沈む鋭い痛み。

「っふ、んぅ・・・」

咄嗟に強く押した身体はびくりともせず、彼女は構わず僕の首に喰らい付いている。真っ白な首が緩やかに上下し何かを嚥下する。すうっと抜けていく感覚に、僕は彼女が血を吸っているのだと分かった。
 次第に痛みは薄れ、代わりに足先から這い上がってくるむずむずとするもどかしい感覚。時折鼻から抜ける彼女の声が僕の脳をぐらぐらと揺さぶる。視界の端で僕の肩に腕を回し一生懸命ちうちうと吸い付く姿を想像しては、この状況を作り出したのが彼女だとは思えないほどいじらしく感じて、頭がぼうっと逆上せていく。

「あ゛ー・・・は、ぁ・・・っ・・・」

思わず自身の口から漏れ出る声も段々と熱を帯び始め、下腹部に感覚が集中していくのが分かる。彼女の小さな両肩を掴んでいた手の力がふっと抜け、僕は右手でその華奢な身体をなぞるように辿っていった。掴んだ腰は普段はローブで隠されていて分からなかったが、細く、自分には無い曲線を描いている。
 その身体のいったいどこに先程のような頑丈さが隠されているのだと驚きつつ、左手は既に慣れ親しんだ自らの腰元に携えるそれを捉えた。このいつ終わるかも分からない行為の"最後"に用心をして。

「っなに、」

突如、彼女の唇が驚きの声を上げて離れ、首元を冷たい風が通り抜けて行く。解放されて涼しくなったそこには、彼女が残した小さな穴が二つ。そしてたらりと落ちる一筋の赤。

「ん・・・あれ、もう終わりで良いのか?」

僕が問い掛けると目の前の彼女は頬をぽっと桃色に染めて、ぱくぱくと口を何度も開いて閉じるを繰り返した。先程まで人形のように冷たくひんやりとしていた肌が色付いているのを見ると、自分の中の悪戯な心が顔を出す。
 そして視線を上に流すと、まさに血の色をした双眸が僕の姿を映していた。先程までは黄金色をしていたはずのそれに、僕は先程以上の興奮と疼きを感じてしまう。
 最早痛みによる恐れというものは僕の頭の中からは完全に消え失せ、今はただ、このヴィーラよりも危険な目の前の女の子をどう崩し落としてやろうかという思いで満たされるのであった。








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