翌朝、五大幹部会が召集された。組織の趨勢を決める、極めて強制力の強い意思決定会議。
「卯羅、息災か?」
「母様、大丈夫、元気だよ」
「太宰の小僧に無理難題を押し付けられてないか?」
「平気。コツを掴んできたから」
会議室で、母様に久しぶりに会った。窶れた気がすると、ひたすらに心配された。それから、嫌だと無理だと思ったら直ぐ戻れ、とも。
着席した上司に資料を渡す。ミミックの概要、今後の予測。ミルクたっぷりのカフェイン抜き珈琲を置く。小さく、ありがとう、と呟く。
「揃ったね。始めようか」
首領が着席する。私は他の構成員に混ざり、此の場と上司の警護役となる。
「まずは今回の抗争の件だけれども。太宰くん、報告を」
資料を元に、所々話を補足しながら、淡々と報告をする。それを聞きながら、太宰さんの後頭部を眺める。
「──以上です」
「ありがとう。実に厄介な敵だ。異能特務課が動く前に片を付けなくては成らない。前線の指揮、戦略立案は引き続き太宰くんに頼むとしよう」
「ミミックは現在、マフィアの保護下にある商店を襲撃しています。この組織を経済基盤から傾けさせるつもりでしょう」
昔、織田作と食べに行った洋食屋さん。大丈夫かな。
「早速、武闘派構成員にて小部隊編成の許可を頂きたい」
「許可しよう。他派閥からも合流させよう」
母様がちらり、と私を見た。武闘派、という認識は無かったけれど、そうか。
会議が終わって騒がしくなる。また大規模抗争が始まる。「急ぐよ」と眼で合図され、部屋を後にする。
「卯羅にも編成に加わってもらう。人手が欲しい時だ、勘弁しておくれ」
「仰せの儘に」
昇降機の中でお互い無言。執務室で、隊の構築。私は得物の手入れ。
「卯羅は街中を回ってくれ。芥川くんの部隊に沿岸周囲を回ってもらう。敵を見つけたら殲滅で構わない」
「解った」
「異能も使って構わない。ウチの商売仇だからね」
最初から異能の使用許可が降りる事も珍しい。小型無線機を右耳に填めた。
「何かあったら連絡する」
「頼む」
大腿の銃嚢に短銃一丁、腰の剣帯に短刀一振り。上から外套で隠す。
「そうだ、織田作は」
「織田作なら無事だよ。詳しくは後で話す」
頷いて執務室の扉を空ける。
「卯羅」
不意だった。振り向いて、なあに?と聞き返す。
「大丈夫。私の指示通りにして」
「わかった」
「期待しているよ」
少しだけ太宰さんの口許が笑った。邪ではなく、穏和に。
市街地は殺伐としていた。マフィア構成員は階級に関わらず殺気立つ。一般市民──買い物客、店主たちを退避させる。
「龍頭抗争を思い出すな……」
「尾崎さんもあの抗争に参加を?」
日の浅い構成員に訊かれた。
「してたよ。裏方だけどね」
視界の端で何かが動いた。それに違和感を感じて、発砲。襤褸の男だった。立ち上がろうとしている男へ走る。鼠径部を追い撃つ。襤褸は群れで行動する。物陰、路地から敵の援護。一瞬視界が揺れた気がした。
「殺っちゃって」
銃弾は雨となって降り注ぐ。どの構成員もそうだ。文字通りの血道を行く。各位置に構成員を配置する。
「襤褸は全て潰せ」
街の各地が戦場になる。その間を、血に染めながら移動する。着いた先は美術館。織田作と芥川くん。そしてトラックが去る。芥川くんは気絶していた。連れてきた部下に、美術館内の様子を探らせる。
「織田作!」
「尾崎か」
「怪我は?」
「お前らの部下を診てやれ。腹と腕を撃たれた」
一応ごめんね、と云ってから銃創に生理食塩水を浴びせる。静かな庭園に絶叫が響き渡る。止血帯をきつく締める。腹部の創は多重に重ねたガアゼを巻き付けて圧迫する。
「帰ったら森先生に診てもらおうね。織田作は?」
「胸を撃たれたが、防弾内衣の上からだ」
確認のため中を診せてもらった。紫斑が出ていた。善くて内出血、悪くて肺挫傷。呼吸もできて、吐血した様子もないから、後者の可能性は低い。
「織田作も。帰ったら透視ね」
「嗚呼。それにしても此の芥川という少年は何者なんだ。太宰への執着がお前以上だぞ」
「いやよ? 私の執着と、芥川くんの執着は別。太宰さんのやり方の所為だと思う。知ってるでしょ? 彼が過酷教育なの。いくら芥川くんが戦果を挙げても褒めはしない。下手したら『そんなものか。もっとやれるだろう』ぐらいは云う。ごめんね、変な心配させて」
気絶する芥川くんの頭を撫でる。館内を調べていた構成員が戻って来た。頭を振った。掃除屋に連絡を入れその場を撤収した。
芥川くん以下怪我人を収容し、太宰さんの元に戻る。首領には「エリスちゃんに手伝わせるから佳いよ」と云われた。身体がふらつく。
「卯羅!」
織田作と話していた太宰さんが駆けてきた。彼が駆けてくるなんて珍しいなと思った。
「直ぐに森さんの処へ行くんだ」
「えっでも森先生は佳いよって。エリスちゃん居るから」
「なんなら此処で脱がせてやっても佳いんだよ?」
「待って? 森先生の処でも嫌!」
話が見えず、もう溜まりに溜まったモノの処理をしろと云うことで、理解する。乱雑に襟衣の前を開かれた。
「太宰さん公然の趣味もあったの?」
頬に衝撃。平手打ち。脱がせておいて何事かと抗議してやろう。そう彼の顔を見た。眉間が感情を物語っていた。
「今まで気付かなかったわけ?」
太宰さんの指が触れた部分が鈍く痛む。呼吸が逼迫する。
「織田作済まない、また後で連絡するよ」
買い物袋を抱えるかのような、軽やかな仕草で横抱きにされる。そのまま執務室に向かう。それから私の救急箱をひっくり返し、物品を探す。
「縫合する」
「出来るの?」
「森さんのを見て覚えた」
組み立てたままにしていた、簡易寝台に寝かされる。縫合具一式と麻酔薬。消毒液と洗浄液。
「鎮痛剤は?」
「要らない。気付かないぐらいだもの」
太宰さんによる処置が始まった。何故だか涙が出てくる。麻酔で痛くはない。
「どうした?痛いなら鎮痛薬を──」
こんな時に何故私は懐古しているのだろう。儘ならない記憶。思い出せないのが、悲しいのか、恋しいのか。
「終わったら、少し姐さんの処に居ると善い。君は善処してくれた」
「ごめんな、さ、い」
「何故謝るの?」
言葉は涙に溺れた。終わったよと、創部に保護材を宛がった。それから自分の外套を掛けてくれた。
「姐さんに連絡するからね。待っていて」
「居て……」
行こうとする手を握った。
「太宰さんが傍に居て……」
「疲れたろ、後は私が引き受けるから」
「違うの。もう、行かないで」
何処に?私にも解らない。首領の右腕である彼に休みなど無い。彼の居るところが戦禍の中心。それは理解していても、離れたくなかった。
「……それは、出来ない」
手を解かれる。指がするりと抜け落ち、少し触れる。母様に連絡を取る太宰さんの背中をぼんやり眺める。大好きな背中。愛した背中。こんな時に限って、焦がれる。
「姐さんが迎えに来てくれる。今日はもう休んで。明日迎えに行くよ」
程無くして、母様が迎えに来てくれた。抱えられるようにして部屋を出る。私に手を振ったあと、太宰さんは友人に連絡を入れた。