敷石

森先生から拝命した仕事は、太宰くんを頭とし、私と詩音ちゃんが補佐として同行することとなった。
「指示は私に卸して。私から詩音ちゃんに伝えるから」
「私が指示するとあの子泣くしねぇ」
悪びれない上司に溜息を吐きながら、短刀に零れが無いか確認した。
「今日は証明の手順を教えてやってくれ」
「佳いの?まだ早いんじゃないかしら」
「基礎の基礎だろ。森さんが何故まだ教えていないのか甚だ疑問だよ」
太宰さんとは玄関で合流することにして、私は詩音ちゃんの部屋に向かった。
「詩音ちゃん、準備できた?」
「んー……」扉を叩きながら訊くと、生返事。
「詩音ちゃん、銃と予備弾倉があれば平気だから」
「卯羅ちゃん……は持ったの?」
「一応ね」胸囲に巻き付けた銃嚢を見せると、彼女は自分は何処に仕舞うか迷っていた。「上着の内嚢にでも入れておきなさい。直ぐ出せるし、相手を欺くこともできるから」
「欺く……?」
「丸腰の女なんて、敵の恰好の的。でも実際には武器を持っている。銃だけじゃない、異能もあるでしょう?」
そっか。
何となく納得したようだった。
早く行かないと太宰さんがまた文句を垂れる。私は後輩の手を引いて、玄関に停めてある車に乗り込んだ。案の定、彼は詩音ちゃんを睨むように見、それから運転手に「出せ」と短く命じた。
「今回の仕事は、簡単に言えば縄張りの拡大だ。先週、マフィアの島を荒らした奴らが居る。彼らの縄張りを制圧し、我々の支配下だということを知らしめる。指示はーーー」太宰さんは私に少しだけ顔を向けた後、珍しく言葉を選んで次の言葉を発した。「指示は卯羅に出す。君は卯羅からの指示に従って動き給え」
私はその文節に満足し、話を促した。「大まかに作戦を」
「うん。先ずは鼠の目で周囲の様子を探る。相手の構成人数が分かればそれで佳い。卯羅を殿として、一気に雪崩れ込む。彼女の異能があれば多勢に無勢だとしても状況は覆せる」
「他には、来ないの?」詩音ちゃんが私を見ながら太宰さんに投げかけた。
「来ない。君と卯羅で殺るんだ。一人ぐらいは微かに生かしておいても佳い」
本部楼閣から三粁程行った辺りで、運転手が「着きました」と呟き、停車させた。
「詩音ちゃん、できそう?」
「……分かんない」
「やるんだよ。此処で使い物にならなかったら君は処分する。森さんの拾い物だろうと、お使いも出来ないようじゃあ、その辺の子供以下だ」
「太宰さん黙って」
何がそんなに気に食わないのかしら。元々癇癪を起こすような質では無かったのに。詩音ちゃんが来てからというものの、何かと詩音ちゃんを試すというか、強く当たる。
「詩音ちゃん、此処からで佳いわ。相手の本陣を探って。人数と武器の数を教えてちょうだい」
「分かった」
小さな鼠を掌一杯に出すと、少し開けた座席の扉から、外へと逃した。それから
左目を隠して、異能との視界共有を行い始めた。「敵…ご、五人?え、七人かも……銃と、手榴弾と……あれ、増えた……?」
「結構居そうね」
「嗚呼。向こうも我々の反撃を予期している。それが何時かいつかと待ち、そろそろ疲弊してきた頃だろう」
「詩音ちゃん、猫出して。犬でも佳いわ」
「え、でも、目立っちゃうよ?」
出してはくれたものの、猫を抱いたまま、手放す様子は無い。猫はゴロゴロと喉を鳴らして親愛を示している。
「大丈夫。それが目的だから」
渋々ながら猫を放してくれた詩音ちゃんを伴い、建物の正面口に回った。開いていた窓から猫が侵入。にゃあん、とひと鳴き。
消音器を付けた銃で鍵を破壊し侵入。腰に隠した短刀を抜きながら獲物に近付く。「平気、だよね」
「詩音ちゃんは私の援護をして。自分の背後には」後ろを歩く子の脚の間に異能を通し、縷紅草を咲かせた。「気を配りなさい」
後ろを振り向いた彼女はそのまま硬直し、痙攣しながら転がる男を避けるように後ずさった。
「急ぐわよ。猫に気を取られているうちに始末しなきゃ」
猫の眼からの情報を頼りに部屋を探し出す。
結局集まっていた人間は数十人。大した誤差ではない。部屋に足を踏み入れながら、夫人を呼び、舞う葩で銃弾を跳ね除けた。「詩音ちゃん、撃つなら脚を狙いなさい!駄目なら何処でも佳いわ」
「あ、は、はい!」
蹴りながら甲に花を咲かせ、腹に刃を突き立てる。そんな事を十分程行っていた。すると誰も私達を狙わなくなり、思い思いに頭を垂れていた。
「却説、此処からがお勉強の時間よ」
楠を植え、まだ呻いているそれを一つ選ぶ。重そうだから、異能を脚に絡げて引きずる事にした。
「今日勉強するのは、私達の身分証明に就いてよ。絶対に間違えないで」
「みぶん、しょうめい……?」
「そう。ポートマフィアが仕事した後だと知らしめること。その為の身分証明」
男の口に百戦錬磨の武闘家の腕程も有りそうな樹木の根を咥えさせる。「先ずは敷石でも何でも佳いわ。口に噛ませる。そして後頭部を」高踵靴で思い切り蹴った。骨が外れ砕ける音と感触が伝わる。「蹴り付けて顎を破壊するの。それからね」足で肩を払いながら、地に出てしまった蚯蚓のように悶える例題を仰向けにする。銃嚢から拳銃を出し、胸に狙いを定めた。「胸に三発。多くても、少なくても駄目。きっかり三発」薬莢が転がる澄んだ心地好い音が三度床を跳ねた。蚯蚓は動かなくなり、あとはただ、これから検体となるのを待つばかりの被験者達の息遣いだけだった。
「これだけ居れば、何度でも練習できるわね」
巨木の幹に触れ、疾患を切傷から挫創に切り替え、少しでも詩音ちゃんが行為への抵抗を無くせるように取り計らった。それから余り力の要らなそうな検体を選び、根の近くに設置した。
「さあ、やって」
「え……うん……」
恐る恐る頭を掴み、根を噛ませようとする。が、力が入らないのか、怖いのか。必死に後頭部を押さえつけながら泣きそうになっている。「蹴んなきゃだめ?」
「顎を破壊して」
「ぐにってするでしょ?ぐにって」
「一思いにやった方が楽よ」
そう。歯を食いしばって、目を瞑って。
物云わぬ筈の男が叫んだのに驚いたのか、泣きながら「撃たなきゃ駄目?」と訊いてきた。
「撃つのは簡単よ。貴女がやるんじゃない。その銃がやるの」
両手でぶれないように支えるも、震える手。後ろから手を重ね、三回引き金を引いた。うぐ、と嫌な音がした。詩音ちゃんは真っ青な声で私を見た。「本当に三回撃たないと駄目なの?一回じゃ駄目なの?私じゃなくて、卯羅ちゃんが全部やるんじゃ駄目なの?」
「私も何処で死ぬか解らないわよ」
異能が強いからではない。幹部の娘だから、首領の弟子だから、幹部候補生の世話役だから、そうでもない。ただ運が佳いだけだと思っている。
「この行為は勝者の証よ。臆せずやんなさい。幸い練習は沢山出来るわ」
可哀想だけど、この作業が出来なくては、太宰さんの云う通り捨てられてしまう。
泣きそうな目で私を見るけど、首を縦に振って、どうぞ、と促すしか無かった。私は部屋にあった椅子に腰掛け、それを見守る事にした。





前の話目次次の話

Latency