お年頃

「治くん、放課後しのちゃんとパンケーキ食べに行くけど、来る?」
「今日はドストエフスキーとチェスしようって約束なんだ。済まないね」
「そっか。じゃあ今度だねー」
嗚呼、今日も卯羅は可愛い。食べるのはベリーと生クリームたっぷりのかなぁ。少し離れたところで、詩音ちゃんとドストエフスキーが似たような会話をしていた。まあ、早めに切り上げて、彼女たちに合流するでも善いだろう。
そんな彼女たちを送り出して、教室。まだ数人生徒が残っているが始めようか。盤を広げ、前回の続きから。展開は均衡を保ったまま。
「ふむ……相変わらず悪趣味だなぁ」
「太宰君が正攻法過ぎるのですよ」
「そうだ、彼女たちが行っている、パンケーキのお店なのだけど──」
「でもなー!あの二人はやっぱ、抑え込むようにシてぇよなー」
私達は手の動きを止め、視線だけで会話した。そして局面を考えながら、飛び込んできた不快な話に注意を向けた。

日直の仕事をしてたら、太宰とドストエフスキーが、急にチェス始めて。あの二人って、頭善すぎて偶に意味わかんないんだよな。同じ空間にはこの間、ドストエフスキーを侮辱して、小田さんと喧嘩していた奴ら。わざと何だか知らないけど、小田さんと尾崎さんの事をとやかく云い始めた。最初のうちはまあ、普通の悪口みたいなもんだったけど、だんだん加熱してって、今はよく彼氏の前で話せるなって話してる。
「小田はさぁ、無理矢理ヤりたくね?文句云ってる口に突っ込んでさ」
「あー善いわ。卯羅ちゃんは絶対泣くじゃん?押さえつけて挿入れて中出しだろ」
ガッ!と鈍い音がして、黒板を綺麗にしてた手が止まった。振り返ったら、太宰が思い切り彼奴らの机を蹴り上げていた。脚なげーな。
「卯羅が、何だって?」
「聞き捨てなりませんね。ぼく達の彼女をどうすると?」
「なんだよ、お前ら聞いてたのかよ、ウケんな」
太宰はその脚で相手を蹴り上げ、ドストエフスキーは思いっきり殴りつけた。それから胸倉を掴んで、壁に押し付けた。
「もう一度訊く。卯羅がなんだ?」
「詩音をどうすると?」
「俺たちがアイツらをどう云おうが勝手だろ?何キレてんだよ」
「お前らだってセックス三昧なんだろ?少しは好い思いさせろよ、独り占めはずりーわ」
俺、知らないからな。あの二人って、普段大人びてるから、こうやってキレてる所みると、滅茶苦茶怖い。
「殴られ足りないか?それとも、股間を潰してやろうか?」
「善いでしょう。先程の化学の時間に、実験室から貰ってきたこの薬を飲ませてやりましょうか」ドストエフスキーは液体の入った瓶?を学ランのポケットから取り出した。「目に掛けてやる。君が詩音を見、聞く資格など無い」
待て待てまて、あれ、首絞めてねえか?!確かに太宰とドストエフスキー、クラスで断トツに背が高いから、そうなるだろうけど!太宰の指、思いっきり食い込んでるじゃん……襟の上からな辺り、流石だと思うけど。
「卯羅がどれだけ苦しんだか……味合わせてやるよ。お前らみたいな男から云い寄られ、報復が怖いから、表面上だけの付き合いをし、それを理解されずに身体ばかり要求される苦しみをね」
「ぼくたち、君たちのような、虫唾が走る奴を消すの、得意なんですよ」
「何てったって、お前たちが大嫌いな優等生様だ。職員たちの理は此方にある」
さらっと衝撃告白するな。今まで結構な人数が不登校に、それも一番不登校に成らなそうな奴らがそうなってるのって、お前らの所為なの……。
「初めから負け犬なんだよ、お前らは」
「口の利き方を知らないとは……君たち、日本人ですよね?ロシア人のぼくに云われて悔しくないのか?」
云うだけ云って、二人はスイッチが切れたように手を離した。
「これぐらいにしておこうか」
「そうですね。本来であれば、死の淵へ導きたいところですが、そうすると詩音が悲しみますので」
倒れこんでゼコゼコ息をしている可哀想なやつらの前に屈みこみ、頭を掴んで持ち上げて「次云ったら、此れだけじゃ済まさないから。爪一枚ずつ剥いでやっても善い」
「食べ物にはお気を付けなさい。知らないうちに悪意が紛れているかもしれません」
表情は見えなかったけど、絶対あの至近距離では、怖い。
それから何事もなかったかのように、席に戻って、チェスを二手、三手再開して、いつもの調子で「帰りましょうか」「嗚呼、帰ろう」は人格障害を疑うわ。
「君、驚かせて悪かったね」
「お騒がせしました」
「あ、いや……」
俺も早く帰ろ。俺は何も見ていません。
翌日、俺の机の中に、太宰とドストエフスキーの連名で『ごめん』って書かれたメモと、学食のランチ券が入ってた。
ついでに云うと、小田さんと尾崎さんをとやかく云ってた奴らは、その日から卒業まで来なかった。





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