映画

「詩音、映画に行きませんか?」
「何で急に」
「チケットを頂いたもので」
愛すべき幼馴染に二枚の映画チケットを見せる。手を伸ばしたので、一枚渡した。残りは僕のを除いて、二枚。
「此れ、余りなのですが、心当たりがあれば渡しいただいても構いません」
「……それ暗に渡せって云ってるよね?」
理解の早い彼女に、口元が綻んだ。

「卯羅、映画のチケット要る?」
詩音ちゃんに「いい加減にしな」と突きつけられた映画のペアチケット。彼女と行けと云うことだろうが……
「ほしい!」
可愛い。きらきらしたお顔でお返事。「何で二枚くれるの?」
「ペアなのだよ、それ」
ふうん、と何故か裏表を確認し、もう一度、ふうん。
「彼氏と行きなよ」
それが順当だ。それが当たり前。それが望ましい。
なのに何故君は、そんな顔をするんだい?不満そうに、無表情で。
「……詩音ちゃんと行こうかな」
その子から貰ったのだけど。随分と遠回り。いや、それで善い。彼氏だろうと、男と行ったら何をされるか。だったら私が行けば善い?それこそ彼女には迷惑な話だろう。幼馴染とは云え、彼氏以外の男とは拙いだろう。
詩音ちゃん探してくるね、と駆けて行った背中を見送ると、携帯が鳴った。
『太宰くん、映画でもどうですか?』
「気色悪いね」
『詩音は卯羅さんと行くようなので』はあ、なるほど。なるほどね。

これは矯正が必要ですね。
そう笑ったら、詩音が引いてましたが。
選んだのは学校でも話題の恋愛映画。幼馴染がすれ違いながらも、互いへの愛を育むというものです。発破を掛けるには丁度善いでしょう。
チケットの引き換えコードは控えておきましたから、少し悪戯をしました。迷える羊に救いの手を差し伸べた程度ですが。詩音と連席かと思ったら、そこには太宰くん。卯羅さんを其処に座らせ、我々は後ろから高みの見物。あの二人、取り合わせとしては、大変宜しいのですが、お互いに行き過ぎた程の奥手。少しせっついただけでは何も起こりません。一寸したサプライズも仕掛けさせていただきました。
「治くん、この後、予定有る?」
「無いよ」
「お腹空いたから、甘いの食べに行かない?」
映画の後、卯羅さんからの積極的なお誘いに、詩音が、よくやった!と云いたげに、ガッツポーズ。
「善いよ、何処行こうか」
「ホットケーキ〜」
「じゃあ喫茶店でも行こう」
無邪気に喜ぶ卯羅さん。詩音の喜ぶ姿もとても可愛いですし、並んで喜んでいると、小動物がはしゃいでいる様な錯覚に陥ります。では、ここで特別な贈呈品。僕のとびきりの贈り物です。
「あれ、卯羅ちゃん、何で太宰と居るの?」
卯羅さんの今の彼氏さんです。卯羅さんを装って連絡をしたら、簡単に引っかかりました。扱いやすくて何よりです。まあ、詩音は彼が居ることに、不満みたいですが。
「治くんと、詩音ちゃんと、ドスくんと、映画を見に来たの」
太宰くんの腕に抱きつきながら、出来上がってしまった事実を淡々と述べる。それに反して、今彼さんは、怒りの色を濃くする。単純ですね。
「へー……幼馴染で恋愛映画ねぇ……」
「駄目?」首を傾げる卯羅さんを眺めながら、詩音が拳を握った。「ドスくん、あいつ殴って善い?」
「駄目です」流石に暴力に訴えるのが早すぎでしょう。
「治くん、行こう?」
「彼とでは無くて善いのかい?」
何故貴方までそうなのですか。
「治くんとなの」
「彼氏の前でそれは無いだろ〜」
今彼さんが卯羅さんの腕を引こうと手を伸ばすと、彼女は太宰くんにより一層強く抱きつきながら「何時、彼氏って云ったの?」ときょとん。白を切る。「私、貴方とお付き合いしてないけど」
「卯羅、云ってたじゃないか」
流石に太宰くんも驚いたのか、眼をぱちくりしている。僕も詩音も同じく。
「でももう、バイバイしたよ?」
「何時?」
「今」
云ってのける卯羅さんは素晴らしいですね。詩音も呆れています。元彼さんの雰囲気が変わったのを察したのか、太宰くんが一歩前へ出た。そのまま踏み出しなさいな。
「だって、私が何時治くんと居ようと、貴方には関係ないでしょう?幼馴染なんだもの。今まで、登下校の送り迎えを、してくれた事があった?治くんは毎日してくれる。私が彼の家へ行って、起こす日も、逆の日も有る。してくれなかったよね?彼氏で居たいなら、治くん以上の事をして。無理だろうけど。私が泣いていても、慰めてくれる治くんに割り込むことすらしないんだから」
これはもう告白も同然でしょう。なのに何故太宰くんは呆けて居るんです?鈍いんですか?何度も未遂をしたお陰で脳の伝達細胞が死にかけているのでしょうか。
「……んっふ……ふふふっ……あはははっはははははは!最高だよ。卯羅君は本当に素敵だ」
なら早く付き合えよ!と云いそうな詩音の口を塞ぎながら、僕も同意見です、頷いた。
「だからもう、私に関わらないで。しつこくしたら、教頭先生に云うから」
つんと顔を逸し、太宰くんに視線を向けると、氷の女王の様な表情は消え去り、恋する乙女の表情へと変わった。
「さあ行こうか。ドストエフスキー達も来るかい?」
「いいえ、僕たちは僕たちで行くところがありますので」お邪魔をしたら悪いですし。
バイバーイ!と手を振り合う彼女達を伴い、それぞれの目的地へ。
「卯羅ちゃん、凄まじいな……」
悪びれもなく、予告なしの別れを告げた幼馴染を思い出しながら、詩音が呟く。
「流石に、肝が冷えました」
「下手したら刺されるよな〜あれ」
「太宰くんが居、僕たちも居たから故の言動だと信じたいですね」
逆恨みを買うことは必然。それが解らない卯羅さんではない。何せ、この一年で学年中の男子と付き合ったと噂されるほどの、ビュッフェ様。
「さーて今回ので付き合わなかったらどうするかな」
「暴力は宜しく無いですからね」
解ってる、と答えたものの、本当に理解してくれているのでしょうかね。詩音の気持ちも解らなくは無いですが。





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