「太宰、少し善いか?」
「何です?紅葉さん」
参観日。先に卯羅と帰ろうと思ったら、彼女の母に呼び止められた。
「ママどうしたの?私も聞く!」何となく、卯羅は居ない方が善さそうな雰囲気を感じとり、学食で待つように伝える。素直に聞いてくれるのだから、本当に善い子。
「もし、これからも卯羅と共に居てくれるのであれば、一つだけ知って欲しい事があってのう」
不穏な空気。紅葉さんも、半ば話したくは無いのだろう。頬に手を充てて、ふうっと溜め息を吐いた。
「あの子は、私の子では無い」
「あー……それなら……失礼ながら、気付いていましたよ」
二年前ぐらいに、ふと気が付いた。似ているが、似ていない。紅葉さんはほっそりしなやかだが、卯羅は肉感的な印象が勝る。二人とも胸はあるが、卯羅の方が規格外。顔も表情は似ているが、目の形が違う。色合いは云わずもがな。
「お主の観察眼には、毎度目を見張るわ。そうじゃ。あの子は私が腹を痛めた子では無い」
玄関に置かれていたのじゃ。寂しそうに云った。
置かれていた?流石に嘘だろうと思いたい。この御時世だ、孤児院から引き取った、とかそういうのでは無いのか。
「おかーさん、おそとであかちゃんないてるよー」
冬の日、長女が窓を眺めながら云った。この子は私が死別した夫との間にもうけた子。その子に云われるまま、私は玄関から外を覗いた。揺りかごのような小さな籠に入れられた赤ん坊。寒さからか、腹が減ったのか、頻りに泣いていた。籠には「この子をお願いします」と走り書きの一筆箋。何と無責任な。だがこの子には罪はない。
「彩、妹じゃ」
「いもーと?」
哺乳瓶でミルクを作ってやる。元気によく飲む。余程腹が減っていたのだろう。
「おかーさん!それわたしの!」
「少しだけ貸しておくれ」
沐浴をして、姉のお下がりを着せる。不満そうな彼女には申し訳ないが、この子の命を護らなくては。
「このこのおなまえ、なあに?」
「何が良いかのう……」
産まれて数ヶ月経つか経たぬか。明日、ぬいぐるみでも買うてきてやろう。今はただ、眠ると善い。暖かな中で、心行くまで。
「幸い、何事もなく成長してくれた。太宰たちのような友人も出来た。ほんに感謝している。だからのう、あの子は何としてでも幸せにしてやりたいのじゃ」
「あの子の露払いなら、何度でもしますよ」
また溜め息。解ってる。そうでは無いのだろう。知っているさ。何を求めているのか。
「妙な話をしたな……じゃが、お前には知っておいて欲しいのだ。卯羅が一番に懐いている友人、それ故───」
「私はそれを知ったからといって、態度は変えませんよ」逆だ。寧ろ大切にしなくてはと、気持ちが焦る。
「治くん!遅い!」
「卯羅や、済まぬのう。ほれ、小遣いで茶でも飲んで帰れ」
「はぁい!治くん行こ。ママ、お家でね!」
私の手を引き、母親へ手を振る。私も会釈して別れた。
「何のお話してたの?」
「卯羅が可愛いってお話」
『あの子は何としてでも幸せにしてやりたいのじゃ』
だったら。
だったら今止めさせるべき行動は。
何としても彼女に不名誉な渾名が付く前に。とはいえ、私と居たところで───
「治くん?」
「ん?ああ、ごめんね。どこ行こうか」
「甘いの食べたい」
今なら誰も見ていない。抱き締めてしまおう。そしてそのまま、拐ってしまおうか。
「治くん……あのね、パフェ食べたい」
「……解った」
離れると頬を赤らめる幼馴染。
私のものに出来たら。
私の隣に在り続ける女性として。
だが私と彼女の生活はかけ離れている。幸せになど、出来る筈がない。