御仕事

「森先生、太宰くんのお仕事に、私付いて行かなくて善いの?」
「ああ。卯羅ちゃんには別のお仕事があるからね。まずは広津さんと共に行き給え」
太宰くんの包交を終えたら、森先生に呼び出されて、お仕事の拝命。太宰くんと一緒にやるのかと思ったら、広津さんと。
「怖いお仕事?」
「怖くないよ。お友達を連れてくるだけだ。簡単だろう?」
解りました、と頷き、広津さんたち黒蜥蜴の元へ合流する。
「広津さん、異能力は使いますか?」
「必要ならば」
黒服のお兄ちゃんたちと一緒に向かった擂鉢街。独特の悪臭のような、嗅いだことのない臭いがして、思わず鼻を覆った。
「今回、我々が捕らえるのは、羊と呼ばれる組織の構成員。年頃は君と同じぐらい、そして構成員は青い腕輪を身に着けている」
森先生は、お友達を連れてくるって云っていた。だから「隠れんぼ?」
「全員捕らえるまで、終わることのない隠れんぼだ」
私ぐらいの歳、青い腕輪、それを頼りに探し出す。
「マフィアだ!ポートマフィアの襲撃だぞ!」誰かが叫んだ。すると彼処から青い腕輪の子供たちが出てきた。
「見付けた!」手を叩いて喜ぼうとしたら、拳が頬を掠めた。
そっか。
私は相手の腹に膝を蹴りこんだ。それから踵を頚に落とし、地に伏せた。「隠れんぼじゃなくて、鬼ごっこか!」
向かってくる子達を次々殴り、蹴り、動きを止める。これなら怖くないね。母様と広津さんとやっている御稽古と一緒。
この子達、どうするんだろう。
広津さんとお兄ちゃんたちが、羊の子供たちを乗せ、本部へ向かう。私は彼らを見張り、必要なら異能で起きちゃだめだよって。
本部に着いたら、地下牢に運び込む。「随分と小さな運び人じゃのう」
「母様ただいま!あのね、森先生に、隠れんぼしておいで、って云われたんだけど、鬼ごっこだったの」
「そうかえ。沢山捕まえたか?」
偉いえらい、頭を撫でてくれた。「我らマフィアに仇成す羊の童共。こうも容易く攫ってくるとは、流石広津殿の率いる黒蜥蜴じゃのう。此れより先は、私ら尋問部隊の出番じゃな」
母様は広津さんにそう云いながら、私の花の調子を確認した。咲かせた花に触れた指先から、ぷっくりと、血。「母様、痛いよ?駄目だよ?触ったら、もっと切れちゃうよ?」
「善い、善い。構わぬ。今日も可憐に咲くのう。却説、何を教えてもらおうかのう?羊共の住処、武器、頭数……」
母様は楽しそうに笑いながら、羊の子達に詰め寄る。もう少しで手に掛けようかという距離で、広津さんが、子供たちを庇う様に立った。
「何じゃ」
「首領の御命令です。暫くは尋問などせず、このまま放置せよと」
「随分と手緩いのう」
怖い。見たことない母様なんだもの。私に怒るときだって、あんな顔しないのに。広津さんも、怖い。絶対に怒らない広津さんが、怒ってる。
「奇妙だとは思わんかえ、広津殿。新首領殿は、あの太宰に何を調べさせて居るのかえ?マフィアでもない坊主に銀の託宣。おまけに今度は、羊の王と組ませるとは。挙句、愛い私の娘までやると云い出す始末」
「総ては、首領の考えが有っての事。私は、任務を遂行するまで」
母様、太宰くんの事、嫌いなのかな。だったら、凄く悲しい。だって、私、太宰くんとも仲良くしたいもん。ううん、しないとね、駄目なの。私は太宰くんのお世話係だから。
静かに口論をする大人の間で、私は、この場合の立ち振る舞いを考えた。けれど答えは出てこなかったから、それについて考えるのは辞めた。
「そうじゃ、昨日から金庫の監視映像が見られなくなっておったのう。あれと何ぞ、関係あるのかのう?」
「映像装置の鏡面が壊れていましてねぇ!直ぐに取り返させました!」森先生が私でも解るほどにわざとらしく、お道化た口調で割り込んできた。「些細な故障にまで気を回さなくてはならないとは、もう、組織の首領も気苦労が多い〜」
母様は、先生の言葉にはちっとも笑わないで、寧ろ、不快そうに視線を投げ、私の手を握って、戻るぞ、とだけ発した。
「どうです、紅葉さん、茶でも一席。卯羅ちゃんも、美味しいお菓子とお茶を飲まないかい?」
行く!行きたい!森先生のくれるお菓子美味しいんだもの。母様の着物の袖をくいと引っ張って、行こう、と誘う。
「結構でありんす。では、私らは此れにて」
ぐっと手を引かれて、早足で着いて行く。お菓子、食べたかったのに。「紅葉さん、私からも訊きたいことが」母様はぴたり足を止め、私に先に部屋へ戻るよう促した。「今年に入って、先代派による私の暗殺計画が二件起きましてね―――」
やだな。
やだな。
皆仲良くしないのやだな。
皆で仲良くすれば、怖くも寂しくも無いのに。
母様が戻ってくるまで、お部屋で異能花を咲かせて遊んでいた。森先生の所に居た時よりは、沢山咲かせられる様になった。先生は、もっとお勉強しなさい、って診療録の写しをくれた。
「卯羅や、待たせたのう。さ、茶でも飲むかえ」
「ね、母様、何で森先生とお茶しなかったの?紅茶嫌いなの?」
「善いか、この世界では、闇雲に人を信ずれば、その先に待っているのは死じゃ。裏切りが日常のこの世では、今日も明日も総てが味方などあり得ぬ」茶器を用意しながら、母様は教訓めいた事を連ねる。
「じゃあ、母様が、森先生を裏切る事もあるの?母様が、私を、置いて、どっか……行っちゃう、の?」
ふと蘇る、お花の綺麗な夜。
気付いたら、花冠を被っていて、森先生が心配そうで。母様がぎゅってしてくれなかったら、寂しさで死んでたかもしれない。
もう、そんな事は嫌。
「母を許せ。母は一度、この組織に背いた。恨んだ。じゃがーーー」ハッと急須から顔を上げ、部屋を飛び出した。私も慌てて追いかける。何だろう。
森先生と広津さんの声がする。「卯羅!」
「能力名『道化の華!』」
母様が夜叉を操り、私のお花を飛ばしてくれる。今回は、思ったのとは違うお花が咲いた。束子みたいな、もしゃもしゃしたの。これ、前にーーー
「紅葉さん!」
「頼りないのう。これぐらいの襲撃で、何という体たらくじゃ」
先生は手術刀を手にしながら息を切らしていた。広津さんも奥から出てくる。
「紅葉さん、貴方はポートマフィアを憎んでいた筈では?」
「森殿が死ねば、ポートマフィアは昔の有様に逆戻りじゃ」
あれ?
あの、母様、先生、広津さん……お花……手にどんどん蔦が巻きついてくる。足にも、頚にも?止められない。いつもなら、直ぐ止まるのに。
「卯羅ちゃん?」頭が痛くて、膝を付いた。割れそうで、また、前みたいにぐらぐらしてる。「せんせ、あたま、いたいの。さむくて、あついの!たすけて!!」

紅葉さんが、柄で卯羅ちゃんの頚部を軽く叩き、気絶させた。
「今のは何じゃ」
「うちで預かっていた時も一度有ったのだけどねぇ。よく解らないのだよ」本人も気付いていないのだろう。自分の異能が、身体を蝕んでいく可能性に。「前回は、自然に解除された。今回も時間経過で、いつもの卯羅ちゃんに戻るだろう」
紅葉さんは、自分の腕が切れるのも気にせず、彼女を抱きかかえた。
「新首領殿、娘を太宰に付ける理由は何じゃ?」
「それは、彼女が薬だからだよ」
死を望み、得ることの出来ない太宰くん。
生を望み、絶望を振り撒く卯羅ちゃん。
この上ない相性だろう。
母親は納得がいかないようだけど。
太宰くんと対面させた時、持ち前の無邪気さ故か、臆せず彼に近寄り、頭を撫で、気に入った様子だった。誰かの為に異能を揮いたいと云っていたのは、彼女の方だ。生きていて、異能を使役している自分に価値があると認めて欲しい。それだけの願いだ。
そんな可愛いお願いを無下にする訳にはいかないだろう。
「暫くは、黒蜥蜴と尋問部隊の両方で仕事をさせる。最も、太宰くんを支援する仕事が最優先だがね。これからも二人には指導をお願いするよ」





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