縫痕

太宰くんが帰って来た。漸く、漸く帰って来た。
「太宰くん!」運ばれてきた太宰くんは血塗れで、ぼろぼろ。「太宰くん?太宰くん!」何度声を掛けても起きないから。返事をしてくれないから。襯衣の胸元が血で赤黒く染まっている。
「痛いよ……揺らさないでくれ……」
森先生も走ってきてくれて、急いで医務室へ運んだ。私も先生の後ろを走って着いていく。
「丁度佳い。縫合の練習をしよう」
「はあ?!森さん真逆、この胸の傷、あの甘ったれに縫わせる気なの?」
「善いじゃないか。可愛い女の子が縫ってくれるんだよ?」
診療台に太宰くんを載せて、先生が道具を揃える。私は彼の手を繋いで、怖くないよ、治るよ、と声を掛けた。
「怖くは無い。それに何で君が泣いているの?」
「だって太宰くん……死んじゃったかと思った……」
「死ねたら最高だったのにね」
疲れちゃったんだね。私は太宰くんの頭を撫でた。すると、ふと眼を閉じた。安心したのかな。先生が太宰くんの襯衣を鋏で切って、どんどん脱がしていく。
「卯羅ちゃん、滅菌の手袋をして。嗚呼、その前に手洗いと消毒だね」
手を石鹸で洗って、きちんと拭いたら、消毒をして、滅菌手袋。着けたらね、何処も触っちゃ駄目なの。
「太宰くん、麻酔を打つからね」
「是非とも倍量を頼むよ」
「残念だけど局所麻酔なんだ」
先生が傷の周りに注射で麻酔を施していく。「縫合は手芸とは違って、部分部分を縫い合わせる。少し盛り上がるように縫うと、癒着時に皮膚が吊れなくて綺麗に治る」
「針変な形ね」
先生が銀の盆に用意した針は、曲がっていて、釣り針みたい。穴が空いた防水の紙を傷に合わせて置いて、周りを消毒して準備完了。
「太宰くん、痛かったら云ってくれ。麻酔を足すからね」
「変な縫い方しないでよね」
鉗子で針の根元を持って、一目縫って結び止めて、一目縫って結び止めて。半分縫ったところで、先生がやってみるかい、と新しい一式が入った盆を視線で指した。
「左側に回って、そっちの端からやってごらん。ゆっくりで佳いよ」
こうかな。ぎゅっと結ぶと痛い?でも結ばないと開いちゃうよね?
「森さん痛い」
「どの辺り?」
「卯羅がやってる辺り」
「時間が経ったから切れてきちゃったかな。少し足すよ」
手探りで少しずつだけど、要領が掴めてきた。
可哀想な太宰くん。いつも怪我してばっかりで。なのに先生は、絶対に太宰くんが部隊を率いるような御仕事ばかりあげるの。
「先生、今度太宰くんが現場に出る時は、私も行く」
「お勉強は詰まらないかな?」
「ううん。でもね、私、太宰くんのお世話係だから、傍に居なきゃ」
「いいよ卯羅、足手まといだから」
森先生が溜息。私は手を止めて、じわじわとせり上がる涙を堪える。
「太宰くん、一人の部下を適正に扱えない人物が、組織で大義を成すと思うかい?」
「またそれだ。答えは自分で見つけろ、解ったよ」
あと少しで終わるからね。ぎゅっと彼の左手を握った。
傷の三分の二を先生がやって、三分の一を私が縫った。当たり前だけど先生がやったのは綺麗。先生は上出来だと褒めてくれたけれど。「先生、外科医にやってもらったら、駄目だったの?」
「君は太宰くんが他人の手に掛かっても佳いのかい?」
私は太宰くんのお世話係だから、身の回りの事をしてあげて、でも外科医は組織の医療統括だし、ううん、解んない。けれど何かモヤモヤして、駄目、って云いたくなっちゃう。
「私がいれば、太宰くんが不自由しないようになりたい?」
「何で疑問系なんだい。君は僕の世話係だろ?介添人だろ?犬よりも従順に云うことを聞き給えよ」
従順。従順かあ。「それって、太宰くんが『僕を殺せ』って云ったら、殺さなきゃ駄目って事でしょ?」
「そうだよ。その通りだ」
「じゃあ沢山痛くしてあげる!」
死にたいのに、痛いのも苦しいのも厭だなんておかしい。その先には望んだものが待っているのに。「でも死んじゃうって、寂しいんだよ」
何でそう云ったのかは解らない。ポロリと溢れた言葉だった。
「さあ、卯羅ちゃん、片付けをしようか。どうやら太宰くんよりも君の方が覚悟が決まっているらしい」
「は?どういうことそれ!」
横になったまま大きな声を出す太宰くん。防水紙を捲って顔をみると何時もの不満そうなお顔。
「太宰くんの意気地無し」
「卯羅だってさっきまで泣いてたじゃないか」
傷の周りに塗った消毒液を拭き取りながら口喧嘩。
「二人とも仲良しだね。暫くは肩を引くような動作をしない方が佳いだろう」
「佳かったね。仕事が出来たじゃないか、世話人殿」
太宰くんは無視して、先生に指示を確認する。お薬の時間と傷の処置。あとどうやって過ごしたら佳いか。
「太宰くん、お部屋戻ろ。今回の報告書はもう雛型作ったの」
「は?」
起き上がって私の顔を見ながらきょとんとする太宰くんに、私もきょとん。車椅子持ってこようかな。
「もう作ったの?」
「だって……それぐらいしか出来なかったし……忘れちゃうから……」
「卯羅って変なの」
さ、帰ろ。
そう云って診療台を降りた太宰くんの後ろをついていく。歩幅が違いすぎて、私は小走り。
「車椅子、佳いの?」
「別に脚折った訳じゃないし。それに中也に見られたら馬鹿にされる」
「そしたら私が中也さんの脚を砕く」
急に立ち止まった太宰くんの背中に思い切りぶつかった。顔だけで後ろを振り返った太宰くんは、左目だけで私を見た。普段は何も見ていない目に私が映っていた。
漸く私を見てくれた。
そんな気がしただけだったのかもしれない。
また前を向いて歩き始めた太宰くんは、いつも通り猫背で、怠そうだった。
「卯羅はそのままで居てよね」
「そのままって?」
「何でもない」





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