「おや、一人か?童」
僕の足は気付いたら、マフィア幹部を幽閉している部屋に向かっていた。部屋の戸には鍵は掛かっていないが、太宰さんは彼女の頭に鍵を掛けたと云う。
「……卯羅さんは?」部屋に残ってこの人の監視をしていた筈なのに。
「あやつは太宰を追い掛けて行ったわ。昔と変わらぬ」
茶を淹れて呑気に云うが、心配じゃないのか?
「昔と?」
僕は未だに、卯羅さんがマフィアだったとは信じられなかった。そして彼女が捕らえた幹部を母と呼んだことも。
「あやつは私の娘じゃ。とはいえ、養母と云えば正しいかのう。路に迷うておった卯羅を私が引き取った。首領殿は元より太宰に従わせる心算だったようじゃがのう」
疑問は深まるばかりだった。
この人と会った時の鏡花ちゃんと、卯羅さんの反応が違いすぎる。同じく面倒を看てもらっていた筈なのに。
「太宰に万が一が遭った時は、卯羅から離れた方が賢明じゃ」
「何故だ?」
彼女は慈愛に満ちた表情で云った。「あやつは太宰に刃を向ける者は、誰であろうと殺す」
背筋が凍った。
芥川と初めてまみえた時、朦朧とする中で見た卯羅さんの表情は幻では無かった。その後、きちんと仕事で会った彼女と同じだとは思えなくて、幻覚、若しくは別の人だと思っていた。
「卯羅は鏡花と違って、闇の華を自負している。異能力の所為もあるかも知れんがのう」
「……だとしたら」
「あやつは光には生きておらぬ。照らすのは太宰のみ。その為なら喜んで闇と同化する。だから童、鏡花を頼む」
「なあに?親子水入らずの時間はもう佳いの?」
「もう佳いの。また会う機会はあるわ」
或る地下駐車場。誰ぞを待つ夫の隣に立つ。母様と久しぶりに会って、色々話した。私達が抜けた後の組織の話。鏡花ちゃんの話。
暫くすると、黒塗りの自動車が一台、私達の前で止まった。
「何年ぶりですかねぇ、太宰君」坂口安吾。四年前、夫を殺した男。「連絡を貰った時は驚きましたよ」
旧知の登場に、太宰は両手を広げながら「やあ安吾!元気そうじゃあないか!」
そして坂口さんの後ろへ回り、彼の腰に手を掛け、取り上げた銃口を役人の後頭部へ突き付けた。私もほぼ同時に、彼らの足元に弟切草を咲かせた。
「善く来たねえ安吾。如何して思ったんだい?私が君をもう許していると」
「マフィアを抜けた貴方達の経歴を洗浄したのは僕ですよ。借りがあるのは貴方達の方では?」
このまま葬ってしまいたい。私は望んでいなかった。私は母様の子で在りたかった。白紙には二度と成りたくなかったのに。
ただ愛した男と生きたいが為だけなのに。
私の血が黒だなんて知っている。産まれながらの黒。彼の敵なら喜んで消す。でないとこの異能は意味がない。
「判ったよ」主人が銃を下ろしながら、私に異能を解くよう指示した。「どうせこうなることを予期して、弾を込めていないんだろう?」その言葉を、自分は安全だ、の意に取り、指示に従った。
「御理解が早くて助かります」銃を受け取りながら、坂口さんが私を一瞥した。「で?旧交を温めるのが目的でないなら、御用件は?」
「ドライブしない?」
坂口さんは提案を見越していたようで、護衛の役人を下がらせた。
「卯羅、姐さんの所に居てくれ。其処が一番安全だ。指示は追って出す」
口答えは許されなかった。私は大人しく引き下がり、元々の任に戻る道を歩き始めた。
厭に好い天気。
こんな散歩日和の好い日に、裏では戦争が起きているなんて、誰が知るのかしら。
母様にお茶菓子でも買って行こう。そう思った瞬間、呼吸が苦しくなった。こういう時は大概、太宰に何かあった時。私はドライブの行き先を探した。