花の言葉

帰宅途中で花屋に寄った。偶には妻へ贈り物をしてやろうと画策してのこと。
事ある毎に世話になっている馴染みの花屋、今日は何を買おうか。
「太宰ちゃん、それで佳いの?」
「ええ、これが佳いんです。これが彼女に相応しい」

夕飯は炊き込みご飯。賢治くんから茸を沢山もらったから、それと天麩羅にしましょう。確か今日は捜査会議だと云っていたから、そんなに遅くならずに帰ってくるでしょう。
ほら、帰ってきた。
以前よりも少し重くなった紳士靴の音。けれど歩き癖に伴う靴底の減り方、それに依って奏でる音は変わらない。
「お帰りなさい」
「やァ、麗しの奥様」
「何を隠しているのかしら?」気障な台詞は大体何かを企てているか、女を引っ掛けた帰りか。天麩羅を揚げる手を止める訳にもいかず、言葉だけを彼に向ける。
「天麩羅?」
「そう。賢治くんからお裾分け。まだ掛かるから、お風呂入ってらして」
お返事の代わりに、耳介へ口付けられた。彼が立ち去った瞬間、薔薇の香り。私の香水は椿だし、彼の匂いでもない。却説。
舞茸の天麩羅はお塩で佳いかしら。抹茶塩も用意しておきましょう。あと椎茸と紫蘇も揚げてみた。母様もよく作ってくれたな。カリッと揚がっていて美味しいの。私のは、なんか……何となくサクッとしていない。糠漬けぐらいはちゃんと出来ているでしょうね?これも母様から教わった。此方は大成功。蕪が丁度佳い具合。
「お待たせ。日本酒は辛口にしよう。卯羅も飲む?」
「吞む!」
卓袱台に並べるは、箸、取皿、揃いの横濱切子の酒盃。「ご飯よそりますか?」
「うん。実に美味しそうな食卓だ」
二人で並んでいただきます。
天麩羅は本当に及第点、とギリギリ云っても許される仕上がり。それでも旦那さんは美味い、旨いと食べてくれる。
「毎日美味しい食事を三食もいただけるというのは幸せだね。昼は愛妻弁当だし」「初めて治さんに作ったのって、お粥だったね」
「そう。中也に殴られて腕折った時に君が上機嫌で作ってきたお粥ね」
ふぅふぅして食介しようとしたら心底嫌な顔をされた。でも三十分後に見に行ったら、全部食べきっていた。美味しかったか訊いたところ、不味くは無い、と云われたから、蘭堂さんとの決戦で胸を一文字に裂かれた彼に再度持っていったら「この状態でどう食べろって?」と云われたから、今度は食介までした。
「そうそう、今日、花屋に寄ったのだよ」嗚呼、だから。「見事な薔薇があってね。まだ蕾なのだけど、美しい人の手で咲かせるところが見たくてね」
「……本当は?」
「推理遊戯としようか」
悪戯に笑って、手渡された白い薔薇の蕾。
花言葉ね。白い薔薇は「純潔」と「相思相愛」だったかしら。薔薇には本数でも意味があったわね。一本は「一目惚れ」の筈。却説、蕾は?
「『一目惚れした貴女との約束』かしら」
「惜しい。薔薇は蕾にも花言葉があるらしくてね。『幼い時分に一目惚れした君との約束』だ」
「約束?」
私は薔薇を持ったまま首を傾げた。何か特別な約束なんてあったかしら。
「森さんの診療所で初めて卯羅を見てから、制御出来ない異能をそのままに歩く姿が、どうにも忘れられなくてね。その後、本部楼閣で対面した時、君は私を猫と云って膝枕したろ?あんな優しさに触れたのは初めてだった」
彼の目に寂しさが宿った。何度手を取っても、体を許しても拭えない寂しさ。彼の旧い友人は「何者にも埋められない寂しさ」と指摘した。
「織田作はああ云ったけれど、卯羅はこうして傍に居てくれる。それだけで佳いんだ」
「随分と感傷的ね」
「極度の愛妻家と云ってくれ給え」
治さんを抱き締めて、軽口を叩き始めた彼の頭を撫でる。私の肩口に頭を埋めるように沈む彼は、もう何も云わなかった。
「駄目よ。貴方が花を贈ってくれる時は必ずこうやって感傷的になるんだから」
「花は君の象徴だ。私にとって、花は卯羅そのものなのだよ。どうしても君を思い出す。今日だって、後菓子も買おうと思っていたのに、花を手にした途端、卯羅に会いたくて買いに行きそびれた」
「治さんが私の異能を好いてくれたから咲かせることが出来る様になったのよ」
これまでも。この先も。私が異能を振るうのは、太宰の為。
私の異能を愛し、私を愛してくれる人のために。





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