死の果実

分離した異能は、私そのものだった。
花を冠して、手足に蔦を絡めて、歩く毎に広がる花畑。
「夫人」私は短刀を構えた。髪飾りの様に咲く花の中心が、血の如く真っ赤な鉱石に成っている。
触れるまで、一歩も無い距離。
柄を握る手にも力が入る。
すっと、彼女の手が伸びてきた。触れられる前に手を切断しなくては。
嗚呼、でも貴女は、私。
「貴女をそう形作ったのは、私ね」
いつも傍に居てくれた。不安な時、怖い時は、盾になってくれた。花を纏い、暗い道を照らしてくれた。
手が、触れあった。
鏡のように生き写し。
私、こんな眼をしているんだ。あの人が深い海の様だと讃えてくれた。
「お願い、力を貸して。主人を、太宰治を護らなきゃ。彼の目的が果たされるまで支えなきゃ。そうでしょう?もう貴女を閉じ込めたりはしない。貴女こそが、私の異能。私が愛されるために望んだ物」
額とが触れ、身体に少しの重みと、血流の勢いが増した感覚。「お帰りなさい、御夫人」

骸砦で行われる横濱の命運を賭けた遊戯。
治さんに合流した私は、白い衣装を着せられた。それから、ただ一つのお約束。「今回は、只の発端に過ぎない。だから何があっても、私の傍を離れないで」と。
あの時と同じ。
忘れもしない白麒麟の襲来。必死で掻き分けた瓦礫の感覚が戻ってきた気がする。指先がボロボロになって、血が滴って、母様にこっ酷く叱られて。
「卯羅」
「一寸、昔の事を思い出してた。ねえ、手、繋いでいてくださる?少しの間で善いの」
両の手で包んでくれて、願いを込めるように、左の薬指に口付け。まるでもうすぐ会えなくなるようで。「さあ、頭巾を被っていて。君のその瞳は、私だけを沈めて」
近づく足音に、主人は顔を向け、私を羽織った長外套で包むように抱き寄せた。
「街が気になるかい?」白麒麟。矢張あの男だ。でも何故?あの時、双黒が始末した筈では?「───怪物が跋扈する、長い長い夜の始まりだ」
「正義も悪も、私には大差ないよ」親友が指摘した最期の言葉。
白麒麟の視線から私を遠ざけようとしているのか、窓辺へと歩を進める。
「この街に生きる人間、誰も君の本質を理解することは出来ない」
「君なら私が理解できると云うのかい?」
「私に理解できるのは、君が此方の側に付いたと云う事だけだ」
私が一番身に染みている。彼が本当に愛してくれているのかすら、私にも解らない。ただただ、小さな金属の装飾で、繋ぎとめているだけかもしれない。
充満する緊張感の所為か、息苦しい。部屋に誂えられた玉座は三つ。その中央に白麒麟は、総てを俯瞰し、見下すかのように着席した。
「君に協力出来て幸せだよ」
「彼を信用してはなりませんよ、澁澤さん」軽やかに祝福するような音を奏でるバイオリンを弾きながら、もう一人、男。「太宰君は裏切りますよ」
「君は」
背後を振り返りながら、確信したように口元を歪ませる。
「彼はこの計画の実行に必要な三人目の首謀者」
「魔人 フョードル……彼を引き込むなんて、正気かい?」茶化すようにか、云いながら、長外套を払う。魔人は魔人で、舞踏へ誘うかのように隣に佇む人物へ手を差し出す。
「ぼくは偉大なる神の、つまらない手先に過ぎません。計画の準備を少しお手伝いしただけの、非力な鼠ですよ」
「成程。彼は私を牽制するための抑止力という訳か」
言葉は白麒麟へ向かうも、視線は魔人へ。
私は魔人の隣に佇む、私と似たような衣装を纏った人物を注視した。女性。歳は私と同じか、少し下かしら。同じく目深に被った頭巾の下から睨まれていることがよく解る。「私一人でも計画の遂行は可能だったが、それでは待ち時間が退屈なのでね」魔人は、殺意を漏らし続ける彼女の手に少し触れ、追従を促し、玉座へ。
「確かに。この三人で居れば退屈とは無縁だね。フョードルが裏切るかもしれない。私が裏切るかもしれない……そして私達二人を切り捨てて、澁澤さん、貴方が総てを総取りするかもしれない」
「今まで私の予測を超えた者は一人も居ない。期待しているよ」治さんも他の二人と同じように。私は彼の左、少し後ろへ、近衛兵の如く控える。
「こうなると、一番気の毒なのは、この街の異能者ですね。この三人の誰が勝っても、全員、死ぬのですから」
またあの殺意。
それに惹かれるよう、視線を投げかけた。





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