本当に嬉しそうなのが腹立たしい。
ゴーゴリが用意した毒薬。それを打ち、効能の出る30分以内に脱出し、解毒剤を打った方が勝ち。
「太宰くんには申し訳ない話だ。本来、私が殺したいのはドス君だけ。だがこうでもしないと、彼は毒を呷らなくてね」
「何故謝るんだい?これぞ最高の好機、天の恵みだ」
悪魔の笑みを浮かべながら、注射器を腕に突き立てる。
「治さん、私、やる」
もし、万が一、彼を喪うなら。だったら、自分の所為でありたい。
彼が望んだように、私の手で。
受け取った細い注射器に満たされた毒薬。
「死んだとしても、卯羅の手で死ねるのかあ。本当は君の花が良かったけど、そうもいかないもの」
「刺すね」
ドストエフスキーの手技を見る限り、筋注かしら。
手が震える。穿刺部の消毒も出来ないけど、出来る限り痛くないように。
手が震える。云ったものの、踏ん切りがつかない。それを見かねて、治さんが注射器を手にする。
「この辺りね、ありがとう。君が示すのだから、きっとよく効くだろうね」
針が刺さっていく。薬液が減っていくのを見ながら、心臓が締め付けられる。
それを見届けたゴーゴリは嬉々とこの監獄の監視機能を説明する。そして、一つだけ脱出に役立つ道具を選べと。
「持っていけるのは一つ!だから、彼女たちは没収だねー。能力差があるから、不公平だし!じゃあ、二人もお別れして!」
お別れなんて。
手を広げた彼に抱き付き、嫌だ、と駄々っ子。
「卯羅、先に行って待っていてくれ」
「やだ……行く……一緒がいいの」
「私だって一緒が善いさ。牢に居る間、何れだけ寂しくて、何れだけ案じたか」
ならこうしてあげる。
夫人が選んだのは鳥兜。それを頭に飾る。
「ばっ……!」
「こうすれば、勝手に死のうなんて思わないでしょ?」
治さんが死んだら私も死ねる。
彼が生きているなら私も解毒を。
「あのね、全部解ったの。私の異能の意味も、貴方と添い遂げる理由も」
愛して欲しかった。
一番身近な人が忌んだこの能力を誰かに。愛を振り撒きながら、全てを壊す能力を。
そしてそれを有する私を。非能力者ではなく、異能力者である私を。
「治さん、愛してます。初めて会ったあの日から、一度も変わらず。この能力も、身も、心も総て、貴方の物」
「卯羅、愛してくれてありがとう。愛を教えてくれてありがとう。伝えたい事が多すぎるよ……」
このまま死ねたら善いのに。二人で串刺しにされるでも、撃ち抜かれるでも善い。なんだったら、重水でそのまま入水しても。
「強く生き抜いてくれ。君の不条理さは誰も持ち得ない。それが卯羅の強みだ」
どうか、最期の口付けになりませんように。
「さあ太宰君は何を?」
「これがいいね」
彼が指差したのは、シグマさんだった。
今までに見たことのない笑みを浮かべる主人の意図が読めなかった。