「治さん、お茶どうぞ」
「ん」
海を臨むお庭に置いた椅子と卓。積まれた本の横に、陶器杯を置く。
お仕事を辞めて、二人だけで第三の人生。誰にも邪魔されたくないって治さんが云うから、人里から離れた処に、お家を建てた。小さなお家よ、童話の中に出てきそうなの。
「クッキーも焼いたの、如何?」
「貰うよ」
穏やか。
聴こえるのは、鳥のお喋りと、木の囁き。私は編みかけの毛糸玉を持ってきて、彼の隣で編み物。
「今度は何を?」
「セーター作ろうかなって」
「楽しみだ」
会話もそこそこに、それぞれの世界へ。
もう、冬が近いわね。急いで編まなきゃ。
こんな穏やかな暮らしがあったなんて。きっと、マフィアを抜けて、こうした暮らしを望むことも出来たのでしょう。しなかった、のではなくて、出来なかった。それが正しい。
「卯羅の作るお菓子は美味しいね。御料理も絶品だし、最高の女性に巡り会えた」
「気障なところは変わらないわね」
変わらなくて善いものもある事は確か。それが彼自身だというなら、そうであって。
激烈な彼に惚れたのは確か。その中に見付けた、冷たく暖かいものが、次の道で必要とされた。
「そういう卯羅こそ、献身的で、母性的なのは変わらない。十五の時からそれだろう?だから───」ごめん、と口をつぐんで、また本に視線を落とした。
解ってる。
解っているの。
私だって、欲しかったの。でもきっと、遺してはいけないのかもしれないから。
「治さん、来世とかって、どう思う?」
「どうもこうも、私は次も君と居る心算だよ?君が飽きたって云うまで、何度でも夫婦になるさ」
「飽きっこないわ。だって、私、治さんの事、大好きですもの」
「知っているよ」
本読みが飽きたのか、大きく伸びをなさって、それから、花壇に水やろ、とお水を如雨露に。
「昔だったら、私達って魔女って云われるのかしら」
「かもしれないね。病に強い妻と、時を見透す夫。だったら、此処に住まって正解じゃないか」
「箒とか作ろうかしら」
「ある意味魔法も使えたしね」
異能も暫く使ってない。使い方、忘れてしまったかもね。「夕飯は?」
「寒くなってきたし、茸のシチュウはどうかしら?」
「善いね。手伝うよ」
暖炉に火をくべて。
どの茸を入れようかしら。人参?じゃが芋は?二人であれこれ云いながら作るのが楽しい。
作ったら、二人でいただきます。それから、ごちそうさま。
お片付けして、暖炉の前で、安楽椅子に座って、またそれぞれに。
「出来た。一寸着てみて?」
「ありがとう」立ち上がって、着て、くるり。「ふわふわしてて暖かいよ」
「善かった。腕とか、きつくない?」
「うん。丁度善いよ」
また安楽椅子に座る。暫く子供が遊ぶように、揺らして、急に止めて。
「極楽だなぁ」
「急にどうしたの」
「漸く、解った気がするんだ。何故私が卯羅と一緒に成ったのか。森さんに云われた『楽に成れる薬』の答えが」
暖炉の橙の灯りが、柔らかく微笑む顔を照らす。
「卯羅、ありがとう」
「嫌よ、改まって」
たった一つの寝台で、身を寄せあって、眠りに就く。狭いかも知れないけど、これが善いの。
昔見た、有名な客船の悲劇を元にした映画で、船と運命を共にすると決めた老夫婦が、沈み行く客室の寝台で手を取り合って身を寄せていた。それを見て、最期まで共に居られる夫婦の尊さに、憧れた。
起きてもし、彼の体温が消えていたら、私は抱かれたまま、自分の火が消えるのを待つ。きっと逆だったとしても。
だからね、寝る前に必ず云うの。
「おやすみなさい。今日も愛してくれてありがとう」