『彼に愛されるのはどんな人だろうと、整った横顔を眺めながら考えた』から始まる

 彼に愛されるのはどんな人だろうと、整った横顔を眺めながら考えた。
 本当に、お世辞抜きにしても美しい。
 長い睫毛、高い鼻、スッキリとした顎。あの常に色気をはらんだ眼に、惹き付けられない女が居たらお会いしたい。鳶色の眼は何時でも先を見通していて、脆いような危うさ。それと釣り合うような、少し厚い下唇。
 こんなにも女性的な外見なのに、中身は、獣。夜毎、求められ、さして愛情だの、恋慕といった感情は無いのに「好き」と囁き合う。
 私だけが知ってる。私だけの特権だと、信じていた。
 街ですれ違った彼──いや、彼のような人。私の処へ来ていた頃は、黒い外套に、黒い背広。其れに何故か片目を、包帯で隠していた。けれど、声も、匂いも、密かに愛したあの人。左薬指の指輪が、眩しかった。
「どっちが善い?」
「ふぅむ……私はどちらでも構わないよ。どちらも素敵な事には変わり無い」
やっぱりあの人だった。長い睫毛を伏せながら、誰かを、愛しそうに見つめている。
高い鼻で、隣を歩く女の鼻に、少し触れた。慈しむように。
 前に立ちはだかった。あの人は、私の人。
「だざ───」
女の腹は、大きかった。大きな荷物を抱えているような。嗚呼そうか、そうなのか。
「すいませんねぇ、通して頂けますか?家内が、身重でして」
身体が勝手に避けていた。取り返したいと、思っていた筈なのに。
「卯羅、気分は悪くないかい?帰ったらゆっくり休むと善い」
「治さんが休みたいんでしょ?」
「私は君に寄り添うだけだよ」
聞いたことのある名前。そうだ、情事の時、必ず彼が呼んでいた名前。誰なのか問うても、教えてくれなかった、名前の正体。つまり、私は代用品だった。囁かれた言葉は、全てあの女に向けて。私の姿なんて、元から見えていない。
「卯羅、ありがとう、愛している」
「急にどうしたの?」
「ん?唯云いたくなっただけ」
「私だって治さんの事───」
愛してた。

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