休日。首領の薬品庫でも弄ろうかなぁと暇をもて余していた。其処に彼女からの御誘い。買い物。女性は皆それが好き。
「着替えなんていいよ、面倒くさい」
「太宰さんは何時も何時も背広なんだもの」
「ほら、太宰さんじゃないだろ?」
休みの日、自宅でぐらい、名前で呼んで欲しいものだ。特に君には。
「またそういう事云って。街でも誰が見てるか解んないよ?」
「別に部下に見られたとこで云いふらす勇気がある奴なんて居ないよ」
仕事の時よりも化粧に拘り、次々に化粧品を手に取る卯羅の手を掴んだ。
「十分に睫毛濃いのだからアイラインなんて要らない。マスカラはしたければどうぞ。鼻も高いし。嗚呼、このアイシャドウは趣味が佳い、私の色だ。紅も要らないんじゃない?元々紅いし」
「でも紅は引かないと。お葬式だって母様が云ってた」
「私らの仕事なんて、毎日葬式じゃあないか。そろそろ首領は葬儀屋との事業拡大を考えた方が佳いと思うね」
自宅を出、繁華街を歩く。手も繋がず、腰を抱くわけでもなく、ただ並んで歩く。
「何見たい?」
「んー……太宰さんと歩けてるので何か、幸せだから……」
「君、たまにおかしな事云うよね」
「そう?」
「だって、『買い物したい』って誘ったのに、私と歩いてるだけでいいなんて」
「太宰さんを連れ出す理由だとしたら?」
顎に手をやり考えた。成る程。
「其れは思い付かなかった。そんなに私と居たかった?」
「居たいよ。ずっと居たい」
真摯に訴えてきた。
「一応訊くけど、其れは上司と部下として?男と女?」
「わかってるくせに」
「答えてよ」
「貴方の言葉を借りるなら“男と女”」
「随分と悪い男に引っ掛かるね」
店のショウウィンドウには、季節の目玉が飾られている。それらに一々足を止め、心を奪われている。
「あ、これ」
「砂色の長外套?」
「このループタイも見て。色凄く素敵」
「この海のような色の?」
絶対に着ないからなと一歩身を引く。
「太宰さん絶対似合う」
「私のよりも君の見ようよ」
君のを私に選ばせて欲しい。私のだと全てを主張できるように。
「念のため訊くね。どの部位から?」
「無論下着から」
腰の辺りを叩かれた。何故か笑ってしまった。頬を紅くして、ムッと私を見上げる。
「フルコォディネヱトってやつだよ」
「下着なんて見えないんだから佳いじゃない別に」
「脱がせる楽しみが私にはある……そんな顔して、誘ってる?」
「直ぐそうやって」
必死に否定する姿で笑ってしまった。其れが余計にむくれを加速させる。
「却説、何から見る?」
「太宰さんは何選びたい?」
「前説の通り。其れに少し大きくなったんじゃない?」
昨夜の感覚を思い出す。少しずつ確実に体積を増やしている気がする。
「身体を持って私の期待に応えてくれるよね、本当」
「太宰治様のお陰で女として日々成長させてもらってます!」
「それは結構」
ムッとしながら腕を掴んできた。私はその手を掴んで、組むように添わせた。
「この方がこの街に合っていると思わないかい?」
ただ頷いた。そのまま、店舗街を歩く。
「あ」
喉の奥で発されたような、幽かな声だった。それと同時に立ち止まり、私もつられた。
「こういうの矢張好きなの?」
「憧れはするよ?」
純白のドレスと催事の案内。其処からじっと動かない。
「私達には似合わないよ」
「一寸だけ、ね?お願い」
されるがまま、中へと連れていかれた。
「ところで君は誰に一番見せたいの?」
「云わなきゃ、駄目?」
頷いた。私からの命令。
「ママ、かな……」
少し躊躇い、尚且つ私のほうを見もしない。嘘ついてる。
「姐さん、ねぇ」
挙式用の衣装を試着できると有り、其処に腕を引かれていく。
「着たいのなら、どうぞ。私は此処で待っているから」
「お願い、見て?」
「姐さん呼べば佳いじゃない」
拗ねてみせた。見せたいのは誰かはっきり云ってよ。
「……あのね」
私の腕をきゅっと掴み、恥じらう。上目使いで私を見ながら、眼を煌めかせる。
「太宰さんに、見て欲しいの」
「何故?」
「一番、大好きだから……太宰さんがね、家庭に入るような人じゃないのは、解ってるの。でも、それでもね、貴方には私をこう着飾らせる事も出来るって、唯一着せられると、解って欲しいの」
ちょっと反論してからかおうと、口を開いたが、お構いなしに手を引かれる。
「何れが佳いかな!見てこの人魚姫みたいなの!」
「式場を乱交会場にでもする気かい?」
私以外に見せるのは悔しい。素直に云うのはらしくない。身体の曲に沿った衣装は美しいが。その後も様々な型を、ああでもないこうでもないと云いながら漁る。
「そういえば、婚前に西洋式服を着ると婚期を逃すらしいよ」
織田作だか、安吾だか、其れか別の誰かか、忘れたけどそんな噺を聞いた。簡易更衣室の目隠しに投げ掛けた。
「婚期なんて佳いの。誰かさんの傍に居れなきゃ、意味無いから」
質素な箱からは御伽噺に出てくるお姫様。共に綴られる文字は
『二人は幸せに暮らしました。』
柄ではないが、即座に其れを思い出した。
「照れるぐらいなら着なければ佳いのに」
不意をついた憎まれ口。純白の階層、動く度に、縫い付けられた小さな水晶と真珠が、揺れる。
「ねえ、太宰さんも着て?」
「嫌だ」
「今だけ、私のものになって?」
手を握られ懇願される。叶わない願い。叶えられない願い。
「……佳いよ。特別賞与だ」
黒の背広を脱ぎ捨て、光沢のある白の背広に着替えた。見慣れないからなのか、全く似合わない。それでも彼女は喜んだ。私を見るなり、ぽろぽろ泣き出し、口付けをせがんできた。腰を抱いてやり、髪を鋤く。何時か此の姿で会えたなら。
「六月の花嫁はとびきり幸せなの」
額を合わせた。暫くそのまま。
サァビスだと写真を撮られた。二人並んで、手に花を持って。
「二人だけの秘密ね」
まだ少し涙を浮かべ、笑い、鼻を少し啜って、笑う。
衣装を脱ぎ、元の姿に戻る。
「君は忙しい子だねえ」
刷り上がった写真を手に取り満足げ。
「お家に飾っちゃ駄目?」
「寝室になら」
目を丸くして私を見る。嗚呼やってしまった。さらりと応えて快諾。
「本当に?」
「云ってしまった手前、もう断れないね」
展示場を出、中心街へ向かう。
拠点と対の位置に聳える摩天楼。その最上階、展望台。当初の目的を忘れている様な気がするが、まあ、いい。
「横濱ってこんなに綺麗なんだね」
「下からだと見えないからねえ。其に、灯りなんて私たちには無縁だから」
夜の帳がおりる。煌びやかな横濱を見ようと人が訪れる。はぐれないように引き寄せた。観覧車の光が反射し、私たちの顔を照らす。
「此処から飛び降りたら素敵だろうなあ」
「止めてよこんなところで」
「しないよしない。言っただけ」
吸い込まれるように視線は地へ降り立つ。光は上辺だけ。底無し沼を眺めるような光景に背が痺れた。
「太宰さん」
「ん?」
それだけ。何も云わない。
眺める位置を移動しても拠点は追い掛けてくる。「お前らを監視しているぞ」と云うように。
「振り回してごめんなさい」
「君だから付き合うんだ」
その辺のソファに腰掛けた。暫くぱたぱた脚を遊ばせていた卯羅。それも辞めて私に寄り掛かる。周囲の人間は、此の街の支配者が、目の前に居ることを知らない。
「夜は佳いね。全て隠してくれる」
ぽつりと呟いた。
「今だけなら、許される?」
口付けた。この暗がりならば誰にもバレやしない。
「何だろうね、今日は」
「今日は太宰さんのお誕生日」
携帯を取り出して日付を確認した。成程、確かにそうだった。
「帰りに西洋菓子買わなきゃ」
「要らないよ、子供じゃあるまいし」
祝いたくもない。呪われた日。でも、彼女と、卯羅となら、少しだけ好いのかもしれない。
「ねえ、卯羅」
「今日初めて名前呼んでくれた」
後ろで昇降機が幾度目の開閉をした。そうだっけ?と云いそうに成った。伏せられた睫毛の所為で、表情が見えない。呆れてるか、寂しいのか。
「もし、此のまま私と逃げてと云ったら?」
「御命令のままに」
「理由だけ」
「だって、今更じゃない?」
見えない鎖が彼女を繋ぐ。互いの頚を絞める。
「そうだ、そうだね、今更な話だ」
向かい合って、頬を撫でて、其のまま頚に触れた。微笑みながら私の手首を掴む。其の手を私の頚に導いた。
愛しい人の頚を絞める。いや、絞めはしない。脈を感じ、体温を感じる。最期に触れるのが此れならば。卯羅は涙を浮かべていた。表面張力のお陰で零れはしないが、街の光を反射していた。何時だかも見た。あの時は星を眼に映していた。
「治さん」
「あ、やっと呼んでくれた」
「此れからも変わらず貴方を──」
続きが聞きたくなくて、言葉を奪った。稚拙な遣り方だが、唇を重ねた。途端に愛しくなって、仕方なくて、何度も、何度も。頚には腕が回され、胸が触れあう。笑い合って、額をくっつけた。
「馬鹿な人」
「其れに付き合う君は大馬鹿だ」