「あれ乗りたい」
「ん?仕事終わったらね」
執務室から見える観覧車。景色が綺麗だって、構成員の女の子に教えてもらった。拠点から見えるから、そんなに遠くないはず。多分、家と同じ方角。
「それにしたって珍しいじゃないか。仕事中にそんな事云うの」
書類の内容を確認して、署名をして。その作業を繰り返しながら。私はその横で、謁見の申請書に眼を通して審査。
「だってね、綺麗な景色が見えるって評判なんだもの」
きっと見える景色は、街の支配者にこそ相応しくて、自分達こそが王だと教えてくれる。
「綺麗な景色は此処からでも見えるし、さして変わりは無いと思うよ」
「でもね、太宰さんと見るのは特別だろうなって」
「“太宰さん”と?」
意地悪く、そうじゃないだろ?と促された。
「治、さん、と……」
「仕事終わりのデヱトか。善いよ、たまには」
大好きな人から承諾が下りた。無論、仕事にも身が入る。
「夕飯も外食しようか」
彼から予定を提案するなんて珍しかった。少しでも楽しみなら、嬉しい。
今日の分量を終え、裏口から拠点を出る。正面突破すると多分、母様に見つかる。内緒の恋。
「物語みたいだね」
「お伽噺ってこと?赦されざる関係、女性が好みそうだ」
二人きり。手を繋いでも、腕を絡めても、腰を抱き寄せても、誰にも咎められない。
「食事が先?観覧車が先?」
「観覧車!」
横濱を見渡せるとだけあって、大盛況だった。“モリ=コーポレーション”の社員証を受付に見せると、別列へ案内された。
「随分な待遇だね」
「幹部様だもの」
さして待たずに籠へ案内される。深紅に塗られ、上半分が硝子張り。向かい合うように席に付く。限りなく空に近い所から見る横濱。どんな景色だろうか。
籠が地上を離れると、風で少し揺れた。思わず手摺を掴んだ。
「まさか、ビビってるの?」
「もし、取れたらどうしようって」
籠は構わず登り続ける。
「そんな事故、聞いたこともないよ。まあ、龍頭の時は別だろうけど」
眼下に広がる光り。行き交う人々。拠点を見ると、首領の執務室に、部屋の主と小さな少女の影。そんな筈は無いのに、二人と目が合った気がした。
「今度はどうした?」云いながら太宰さん、治さんがお向かいさんからお隣さんに。ふと顔を見ると、私が気にした先を睨んでいた。睨んでいたけれど、詰まらないものを見るように。その時、風が強目に吹いた。彼の背広を握った。
「矢張怖い?」
「治さんに寄りたいだけ」
「なら、もっと寄せてあげようか」
腰を引き寄せられる。上半身の均衡を崩し、愛しい胸に寄りかかる。長い指が頬を滑り、私の顎を支えた。そのまま、上を向くように指示される。綺麗な鳶色が街の光で輝いていた。秀麗な顔が近付き、口付けられる。もう、彼の調子に絡め捕られる。私も彼が愛しくて、欲しくて、夢中で口付けた。淫靡な液体の混ざる音が響く。反響し、包まれる。呼吸よりも最優先。私も彼の首に腕を回す。彼も私の頭を押さえる。舌が絡み、少しの隙間から吐息が漏れる。観覧車はもう頂上に差し掛かっていた。
「はぁ……っ……ぁ」
舌先が名残惜しそうに離れる。嗚呼、この人が欲しい。
「卯羅……」
包帯で隠された首筋に口付ける。完全に雰囲気に飲まれていた。身体が目の前の男を求めている。
「却説、本来の目的は?」
「夜景……な気がする」
「この夜景を背景に、というのもなかなか乙かもしれない」
その言葉に胸が高鳴った事は、気付かれていないと思いたい。背中を指が沿い、息が漏れた。それに「後でね」と笑われる。
「……幸せ」
治さんの胸に頭を預けて呟く。
「幸せ?」
私の頭に顎を乗せて呟く。
「そう、幸せ。治さんとこうしているだけで、幸せなの。簡単な女でしょ?」
「実に簡単だ。だから──」
一度言葉を切って。互いの額がくっつく。
「だから、あの時、君を選んだのかもしれない」
「私はあの時もう、多分惚れてた」
「随分と性急じゃあないか」
「この人の為に生きて、この人の為に死にたい。それは今も変わらない」
それから、愛しくて。それだけが先行する。
籠が地上に着くまでの間、彼に寄りかかりながら、その手で遊んでいた。指を絡めたり、包んだり。治さんは治さんで、私の頭に顎を乗せたりして、自分の手が遊ばれる事を気に止めてなかった。
地上へ辿り着く。先に降りた治さんの手を取り、足を地に着ける。気持ちはまだふわふわ。
「どうだった?」
「結局ずっと治さんに見とれていた」
夜景と治さんの横顔。絵のようだった。
「駄目じゃあないか、夜景が目的だろうに」
「じゃあもう一回」
「また私を見て終わるの?」
「かもしれない」
それじゃあ駄目だろうに、と笑って手で髪を鋤いてくれる。それに笑い返しながら、街灯の輝く街を行く。