女医と

芥川くんの襲来により、太宰治と太宰卯羅が元ポートマフィアだと、探偵社に露見した。だからといって、何がどう、という訳ではない。此の探偵者の主力は殆ど全員曰く付き。例えそれが、美しい女医だとしても。
「与謝野先生」
医務室のスツールに腰掛ける。それから、机に向かう与謝野先生に声を掛けた。
「隠し事なんて野暮なことしてくれたねぇ」
「治さんがね、別に云わなくてもその内バレるさって」
「てことはアレかい?アンタが入院してて、ってのはマフィアの事かい?」
ううん、と否定するように頭を少し振った。
「私が居たのは森先生の診療所です。森先生と、エリスちゃんと。そこで色んな症例を見て、その内に旦那に会って」
先生の顔色が変わった。森先生が昔漏らした「治癒能力者」は、与謝野先生の事だろうか。
「あの場所では、私の異能力が生きたんです。マフィアが一番の居場所だった。でも、太宰がそれと訣別すると云うから」
あの時、或る一言で世界を変えた。殆ど初めて激情をぶつけてくる彼が愛しかった。
「矢張アンタかい、森医師が引き取った女の子ってのは。妾のような治癒系かと思ったんだけどね」
「治癒系は羨ましくて仕方ないですよ。私はその真逆ですし。大規模抗争の時は重宝されてましたよ」
「前線で敵を薙ぎ倒せってかい?」
首を振った。前線での活躍なら何れだけ善かったか。
「後方支援ですよ。戻って来た構成員の仕分け。先生なら、解るでしょ?」
「何かい、つまり───」
目を見開いて言葉を切った。先生の仕事とは相容れない。
「私しか、出来なかった。森先生は合理主義です。使えないものは棄てる。何も思わなかった、と云えば嘘になります。彼の部下も居ましたし。でも、マフィアで育ったから、それしか知らないんです。救済なんて言葉は、無かった」
あの頃の私は、太宰にとっても都合の佳い道具だった。愛でたのも、作家が万年筆に愛着をもって接するのと、大差ない。
「だから、この間、与謝野先生に治療して頂いたとき、本当に嬉しかった」
「古傷は治せなかった。流石に絶句したよ。年頃の娘が負う怪我の量じゃない」
「やんちゃでしたから」
一般的に云うやんちゃからしたら、度肝を抜くような事ばかり。女の身体こそ、道具にはしなかったけれど、それ以外の事は大方やったように思える。拷問、暗殺は当たり前。上司が飽きた玩具の始末も。
「所詮、惚れた弱味ですよ。彼が居てくれるなら、必要としてくれるなら何でもする。それだけです」
「妾はその逆だよ。使えないものを再生させられていた。要は中古品の量産さ」
「先生・・・・・・」
壊すために治す。何れだけ辛いか。私は壊れたものを更に壊すだけ。
「でも、与謝野先生が探偵社に引き取られなかったら、私は主人に会えませんでした」
「アンタは何故マフィアに、森医師の誘いを快諾した?」
「棄てられたんです」
それしか分からない。何故私が異能力を使えるのか。何故棄てられたのか。何も覚えていない。
「多分、太宰は真相を知ってる。けれど教えてくれない。私にとって必要の無いことだから」
「アンタはそれで佳いのかい?」
「私は、治さんと居れるだけで、幸せなので」
違う人を愛していたかもしれない。そんな可能性は少しでも排除したい、無にしたい。
「治さんは巧く振る舞えるけど、私は違う。今でも頭に血が昇ると、相手を排除しようとしてしまうんです。それが彼に対して不敬を働いた相手なら尚更」
だから彼が居ないと駄目なんです。笑いながら云った。
「もしかしたら、私と与謝野先生、同じ頃に引き取られてたりして」
「その可能性しかないね」
事務室の方から国木田さんの怒号が聞こえた。そろそろ戻らないと治さんが蜂の巣になる。
「卯羅」
じゃあ、と扉に手を掛ける。与謝野先生が呼び止めた。
「アンタは大丈夫だよ。しっかり歩けている。こんなに想われて太宰は幸せな奴だよ」
その言葉に笑みで返した。
事務室では案の定、治さんが国木田さんを揶揄っていた。
「おや、どうしたんだい、医務室なんて」
「ううん。何でもないの」
云ったところで、彼は既に答えを知っている。
「君は心配性だね」
「何が?」
「全てを知らなくて善いって、昔から云っているのに」
「でもね、たまに正解が解らなくなるの」
正解?と鸚鵡返し。知ってるくせに。
「どの私が正しいのかって」
「そんなこと、誰も解らないよ。私にだって解らない。考えるだけ無駄だよ」
伸びをしながら答えてくれる。
「でもね、卯羅が正しいと、信じれると思うのが正解だよ」
「だったら、今の私が正解。治さんの隣に居る私が正解」
それしか知らないからかもしれない。もしかしたら、もっと違う路があって、違う私が居たかもしれない。それを望むかと云ったら、そうでもない。現状に満足しているから。

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