初詣

年の始め。例年の如く、着物デヱトを兼ねて、初詣に向かう。私は少々くすんだ水色の着物に縞袴を履いて、青の羽織。十六の時に森さんが誂えた、黒地に菊が咲く物も有ったが、まあそんな派手なものを着るような歳でもない。それに、あれを着るとどうも物騒な男にしか見えない、と卯羅が云う。似合っていて惚れ直すとも。本人に惚気を出し惜しみしない卯羅は、淡い藤色の着物に白い毛皮の首巻き。濃紺の髪に映える。可愛いという言葉だけでは足りず、紅を塗り立ての口へキス。
「いやよ?折角塗ったのに」
「だって、そうしたかったから」
「なら仕方ないね」
彼女はどうしてこうなのだろう。折角塗った口紅を剥がされ、怒らず、それどころか「治さんがしたかったのなら」と赦してくれる。
二人で下駄を鳴らしながら参道を歩く。人が多い。はぐれるだなんて事は無いだろうが、念のため手を繋ぐ。私から一方的に。一瞬手元を見たが、すぐに笑顔になって、私に笑いかけた。
「何お願いする?」
「治さんこそ何お願いするの?」
「うーん」
そう改めて云われると、思い付かない。
「その時になったら決めるよ」
私に願い事なんて有るのだろうか。手水舎に並び、賽銭に並び。ひたすらに考えた。
「五円玉って云うよね、お賽銭は。母様にね、十円じゃ駄目なの?って訊いたことあるんだ」
「へえ、そしたら?」
「そしたらね、十円は遠縁だから駄目なんだって」
「それは善くないね。じゃあ、五円でなくては。けれど、卯羅はこれ以上、何の縁を願うの?」
そうね、と彼女も考え込む。ややあって、口を開いて、何か云いかけた。
「駄目。お願いを先に云ったら駄目」
「私でも?」
人差し指で、唇を押さえられる。
順番が回ってきた。鈴の音が澄んだ空気を打つ。一礼、柏手。手を合わせるが、願うこと、なんて。けれど、もし、もしも一つだけ。
『もし私に願いが許されるなら、どうか願わくば、共に過ごす日が家内にとって、幸せでありますように』
隣で祷りを捧げる君と過ごせる日々。それが彼女にとって幸せの本質であって、それが私が生を手離すまで続けば善い。その時、君も一緒に。それ以外の願いは存在しない。
「欲張っちゃった」
そう報告する可愛い人。
「何お願いしたの?最後は私をずっと眺めてたみたいだけど?」
手を合わせている最中に感じた熱い視線。卯羅のだと確信できる。
「多分治さんと一緒」
「一緒?」
繋がれた手が答えなのだろう。
「さあ、屋台でも覗こうじゃあないか!神の御前で云うことではないだろうけどね、冬ぐらい手水舎は熱燗でも流しておいてくれたら善いのに。口漱ぐときに、幸せになれるよ」
「火傷しちゃうそんなの。甘酒でも飲みましょ」
見詰め合って、笑って。こんなことを「幸せだ」と感じるのは、贅沢だろうか。

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