「おさむくんだいすき!」
「えへへ、ありがとう」
ぎゅと抱き締められたから、抱き締め返した。そんな時もあった。あの頃はきっとそんなに気持ちをちゃんと認識していなかった。黄色い帽子に水色のスモック。嗚呼、そうだ、幼い頃から一緒だったね。
隣の席は幼馴染。其れはどちらにとっても。尾崎卯羅と太宰治。奇妙な縁で、というより腐れ縁に近い。
「治くん、起きて。次織田作だよ」
「んー……わかった。教科書と便覧貸して」
長い体躯を反らして伸びをする。
「はあ………っ」
欠伸をして特に意味もないが、幼馴染を見た。目が合ったから微笑んでおいた。
「卯羅は浮いた話とか無いの?」
「浮いた話?」
「好きな人がー、とか、恋人できましたーとか。ほら、女子ってそういうの好きじゃない?」
云ったあとに太宰はふと思い出した。幼い昔の記憶。底の方に仕舞っておいて、でも確かに大切な思い出。
「有ったとしても治くんには云わないもん」
「意地悪」
忘れちゃったのかな、と卯羅はぼんやり考えた。でもあの頃はただ云いたいだけだったのかも知れない。お互いに、云われた事と云った事。
余計な事、其れが昔の事に起因すると、どうもギクシャクする。卯羅は「治くん」という呼び方が恥ずかしくなり、触れることさえ戸惑う。一方太宰は、その様子を見て戸惑う。昼休みも中々共にしなくなったし、少しでも目が合うと、上気する。
取り敢えず、今日は昼を共にしようと太宰は卯羅を誘った。弁当を無言で互いに食べ終え、どう何を切り出すか模索する。
「卯羅」
静かに名前を呼んだ。久しぶりに呼んだ名前は随分と甘く聞こえた。
「昔話、しても佳いかな。昔話と言っても私たちのだけど」
「佳いけど」
隣に居るのに顔を見れない。少しでも指が当たると、手を引っ込める。その慌てた様子に苦笑しながら、話を続ける。
「君たちは夢中で泥団子を作って、私は中也の山を開墾して遊んだなぁ」
「そんな時もあったね。あの頃からマイペースだったよね」
「あと……君が……」
チャイムが鳴った。昼休み終了10分前を告げる。
「先戻ってるね」
無言で腕を引かれた。卯羅はそのまま、また同じ場所に座った。
「何?どうしたの」
「待って欲しい」
言葉に出ない。ただ、1つ確かめたいだけなのに。太宰は慎重に言葉を探した。
「1つだけ思い出して欲しい。あの時の返事がしたいんだ」
「何?」
「幼児特有の戯れ言だったかもしれない。でも私はずっと覚えていた。君が、卯羅が大好きだ」
『おさむくんだいすき!』
『えへへ、ありがとう』
きっと相手も同じ事を思い出している。
「治くん……大好きだよ」
ずっと一緒に居たのに、一緒に成れなかった。居るのが当たり前だと思ってた。卯羅は太宰に抱き付き、太宰はその頭を撫でて抱き返す。
「じゃあ、この記念に次の授業はサボろうじゃないか」
「ちゃんと出て」
「この幸せを邪魔されたくないじゃない?」
太宰が口にした言葉に顔が赤くなる。私も幸せだよ、とは素直に伝えられないから、卯羅はもっと強く太宰に抱きついた。