お祝い

「お届け物です」
お昼の少し前。荷物が届いた。そんなに大きくはなくて、とても軽い。治さんから治さん宛。何買ったのかしら。いけない、そろそろお買い物に行かなきゃ。予約してた時間に成っちゃう。
買い物袋と治さんのお弁当も。お店へ行く前に、探偵社に寄って彼にお昼を渡さなきゃ。
「ごめんください」
「来たね、麗しいお弁当屋さん」
待ってましたとばかりに応接間から顔を出す。隣に腰掛け、包みを開きながら、進捗を確認する。
「約束までに帰るから安心し給え」
「治さん宛にお荷物来てたよ」
むぅ、と考え込む。直ぐに合点がいったようで、少し笑った。
「あと半日頑張って」
「お利口で待っていてね?」
頬に口付け。
社を出るまで手を降ってくれた。お店へ向かう足取りも軽くなる。大好き。
今日は治さんの好物を作ろう。蟹、あるかしら。蟹しゃぶ……?寒いしそれも善いかも。お野菜と、蟹と、しらたきと。昆布で出汁。お買い物前に浸けてくれば善かったな。あとはお酒。少し高めの日本酒を。どれが善いのかな。熱燗が善いかしら、それとも熱々のお鍋と冷や?きりっとしたのが美味しそう。
ちょっと買いすぎたかしら……重い。でもこれも喜んでくれる彼の顔を見たいから。一番の目的の、洋菓子屋さんに立ち寄る。
「予約していた太宰ですが」
「お待ちしておりました。お品物、お持ちしますね」
店員さんが、中身の確認をと箱を開けてくれる。猪口冷糖の板に書かれた文字に、胸が踊る。
「素敵に仕上げてくださって、ありがとうございます。主人も歓びます」
「美味しく召し上がってくださいね」
優しく抱えるようにして。
お花も少し買っていきたい。でも、これ以上は……持てない。いざとなれば、私の異能もあるし、お花はいいや。
「ただぁいま」云っても誰も居ないけど。
西洋菓子を冷蔵庫に入れて。使う食材は出しておく。
大きい土鍋に昆布とお水を入れて放置。その間にお野菜を切って、白滝を結んで。蟹は治さんに捌いてもらおうかしら。そうだ、帆立も買ったんだった。貝味噌焼きだったかしら、お酒のお供に善いと治さんが頻りに云ってた。
貝を洗って、抉じ開けて、捌く。割と力が要る。
「………能力名」
関節をへし折る要領で貝を割った。殻を器にするから、慎重に。身を捌くのは得意。紐と分けて一口大に刻む。御味噌を溶いて殻に。そこへ帆立。一煮立ちさせて下準備完了。
昆布は……もう善さそう。中火で煮出して、沸騰前に取り出す。〆はおうどんで善いかしらね。
洗濯物を片付け、卓袱台に卓上コンロ。食器を並べて、あとは帰りを待つだけ。
「ただいまぁ」
「おかえりなさい!」
長外套を受け取り衣紋掛へ。「ちょっと待っていて。直ぐ行くからね」そう云われながら、額にキスを受ける。貝味噌焼きも温めておかなきゃ。ふつふつと煮立ったら、溶き卵を入れる。帆立と御味噌と卵。絶対に美味しい。それを卓へ持っていき、卓上コンロも火を点ける。
「今日ね、治さんが好きな蟹にしたの」
「高かったろうに。これは貝味噌焼きだね?」
「そう、挑戦してみたの。あとね、お酒もあるの。熱いお鍋には冷やが善いのかしら」
結局買ったのは、熱燗でも冷酒でも美味しい物。
「君の心遣いが嬉しいよ」
二人分のお猪口。お酒の采配は治さんに任せよう。ぐらぐら煮立っているお鍋にお野菜。透き通った黄金色に橙、緑、少しの茶が広がる。あ、蟹。そうだ蟹。
「治さん、蟹、捌いてくれる?」
「任せ給え」
鼻歌しながら、蟹を派手な音を立てて、解体していく。
「味噌は甲羅のまま焼いて善い?」
「お願い」
グリルを開けてタイマーセット。じっくりと焼きたいらしい。
「味噌を食べた後の甲羅を酒盃にして飲むのも中々に乙」
大皿一杯に、部位毎に並べられた蟹を、大変嬉しそうな顔で運ぶ人。
「治さんだって可愛いじゃないの」
「ん?何か云った?」
いいえ、なんでも無いの。じゃあ気にしない。
こうやって笑えるって素敵ね。
「じゃあ早速、頂くとしよう。私達の記念日に乾杯」
「記念日に」
お行儀善く掲げられた二つの小さな盃。含むとじんわり温かくなる。
お奉行様の采配。蟹が次々姿を消す。
「貝味噌焼き、とても美味しいよ。初めて作ったのだろう?」
「初めて」
それだけで酒が進むとご満悦の様子。美味しそうに食べてくれる彼を見ているだけで幸せ。熱い熱い、嗚呼旨い。夢中で食べているのが愛おしい。食事が幸せって、素晴らしいことだと思うの。
「卯羅」ぼんやり、幸せだなって、治さんを眺めてたら、頬に手が伸びてきて、優しく撫でられた。
「どうしたの?」
「何だかね。君の事を想ってた」
「何それ」
言い訳が面白くて。こんなくだらない事で笑える。
こういう小さな幸せに気付ける。小さくて愛しい瞬間が増えていく。
「君にね、贈呈品があるんだ」
後菓子の準備をしていると、押し入れから、一つの箱。
「なあに?」
「開けてご覧」
薄紅の包み紙。大きさの割に軽い。紙を開くと箱。箱を開けると──
「くまちゃん……あ、これ……」
そっと出してあげると、治さんと同じお洋服。砂色の長外套、黒の内衣、青緑のループタイ。
「どう?特注品」
「可愛い……小さい治さんだ……」
「これで私が居なくとも、寂しくない?」
「え……」
何で?居なくなるって?どういうこと?くまちゃんの手を握る手に力が入る。「待って卯羅、卯羅。悲しい顔しないで?社の仕事で出張したりした時だよ」
「だって、居なくてもって、云うから……ぁ」
「ごめんごめん。嗚呼もう可愛いなあ」
隣に座ってぎゅっとしてくれる。彼の呼吸音、胸から響く声。可愛いなぁ、心配性なんだから、離れないから。居てくれる。何も心配することは無いのに。少しの言葉の綾で不安になってしまう。
「この熊、可愛がってくれるかい?」
「とってもとっても可愛がる……」
可愛いくまちゃん。ぎゅっと抱きしめる。柔らかくて可愛い。「赤ちゃんみたい」
思わず出ちゃった。恐る恐る顔を見る。怒っては、無い。
「それも何時か叶えようね」また抱き締められる。「私達二人でしか叶えられない願いだ」
さあ、西洋菓子を食べよう。記念日のお祝いには此れがないと。
「西洋菓子ね、凄いんだよ」
小さめの円に、白いクリィムが満遍なく塗られ、そこに苺で花の飾り。帯状のクリィムは包帯。猪口冷糖の板には“Wedding Anniversary”の文字。
「これは素敵だ。記念日にふさわしい」
「この猪口冷糖、どうやって別けよう……」
「二人で食べる?」
猪口冷糖を手に取り、咥える。それを私に向け、頚を傾げる。反対の端を咥え、少しずつ噛み進める。ポリポリと折れる食感と蕩ける甘さ。唇が触れると、舐め取るように食む。腰と頭に手が添えられ、そのまま、身体が後ろへ、後ろへ。
「駄、目……っ」
今日は、そういうの無しにして、のんびり、共に居られる事を祝いたい、のに。
「可愛い……」
前髪を掻き上げられ、おでこにキス。
「西洋菓子……」
「君のように甘い西洋菓子なのだろう?」
「治さんみたいにとびきり甘いの」
それは大変だと笑いながら起こしてくれた。
すとん、と二つに切り分ける。お花の飾りは治さんに、包帯のは私に。
紅茶を少し濃いめに入れて。
「卯羅」
「なあに?」
「あの日、一緒に来てくれてありがとう」
「だって私は治さん無しじゃ居られない。それに、どうしたら善いか解らないもの」
彼の姿に、初めて会った姿が重なる。「君は変わらないね」
「そうかなあ」
くまちゃんを膝に乗せる。食べる?なんてして。そんなことをしてたら、治さんが笑った。
「本当変わらないよ。様々な惨事に巻き込まれたのに、まだ笑っている」
「だって治さんの傍に居られるのが嬉しいんだもん」
これだけは絶対に変わらない。それだけで、その一心だけで私は此所まで共に来た自負がある。貴方が好きだから。貴方を愛しているから。
「ありがとう」
「お礼を云うのは、私。治さんが見せてくれた景色が沢山あるもん」
「君のお陰で色付いた景色もね」
もっと何度も、二人でこの日を、お祝いしたい。
クリィム付いてる。え、どこ?もう、わざとでしょ?ふふ、ばれた。
今日は、彼とちょっとした事で笑えることを、お祝いする日。

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