王子様とお姫様

『王子様とお姫様の素敵な出会い。二人の愛のキスは悪魔の魔法さえ消し去る』

映画の参考にと、童話を読み漁る。卯羅が拠点から持ってきた絵本。何れも此れも、姫が王子と恋に落ちて結ばれる物ばかり。
「君って昔からこういうの好きだよね」
「小さい頃は憧れたもん。お姫様とか、王子様とか」
白雪姫、灰被り、眠り姫、人魚姫、親指姫……全てが幸せな終焉を迎えるわけではない。
「其れにしても何を熱心に?」
「嗚呼、映画のね。参考にならないかと思って」
「映画の?織田作に『林檎で死んだのは?』って訊いて、検討違いな答えが返ってきた話しか思い出せないけど」
「あったねぇ。そんなこと」
今と成っては唯の思い出。だけど、思い出すと少し胸が苦しくなる。
「君が好きなのは眠り姫だっけ?」
「流石。果報は寝て待て」
「実に私の妻らしい。でも、其れだけじゃないだろ?」
私の手元を覗き込みながら、何かしらと笑って誤魔化そうとする。
「眠り姫が、自ら錘に指を刺したのは、魔法?それとも自殺?」
「私は魔法だと思いたい。けれど、もしかしたら、もう夢見た彼の人に会えない───そしたら自殺かもしれない」
「君が眠り姫だったら?」
「なら、夢で見た彼の人は治さん」
冷たい石の寝台。其処に横たわる愛しい卯羅。考えただけでもゾッとする。其れにきっと私は───
「そんな君を見たら、私は後を追うだろうね。愛しの姫の死に絶望して、心中」
「それじゃあ『ロミオとジュリエット』じゃない」
「『唇に残っていた毒は既に乾いていた』」
「毒で死ぬなら、白雪のように美味しい物で死にたい」
姫は欲が深い。最期まで幸せで居たそうだ。
「王子様は?王子様はどうするの?」
「そうだなぁ……」
真剣に考えてしまった。唯の童話だが、もし私の知らないところで彼女が息絶えていたら。
「追うか……いや………原因を排除してから私も死ぬよ。君の傍でね」
「そこは……先ずキスして目覚めるか確認してよ」
「キスじゃあ人は目覚めないよ。生き返りもしない」
そんなので生き返るなら、あの時私は何度も彼に口付けたろうね。
「本当に物騒な王子様」
「手に入れた物を護る為なら、何でもする」
「変わったね」
「心を入れ換えたと言って欲しいね」
今も何処かで、昔の私が見ている気がする。けれど、彼女が傍に来ると、彼は顔を背ける。彼の影が追う限り、私の本質は変わらない。彼は、『尾崎卯羅を手に入れなかった太宰治』なのだろう。そして『織田作之助を喪わなかった太宰治』でもある。
「治さん、どうしたの?」
「ん?いやぁ、ね。私の可愛い眠り姫は、キチンと私だけのキスで起きてくれるかなって」
「 私は貴方のキスしか知らない。だから、きっと其れ以外じゃ目覚めないよ」
「そりゃあ佳かった」
元部下の肩を抱いた。それから、私に凭れるよう誘導した。暫く彼女の頭を撫でていた。ひたすらに。
「愛してる」
「奇遇だ。私も」
悪魔の呪いは簡単には消えない。真実の剣も、美徳の盾も手には入らない。在るのは悪魔の果実だけ。其れを食したとき、目覚めを迎えるのは、誰なのか。

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