夏祭

「これで善いぞ。可愛いのう……馬鹿な男なぞ放っておいて、存分に楽しんでくるのだぞ?」
母──尾崎紅葉に浴衣を着付けてもらう。
「もうさ!今日は馬鹿二人は忘れよう!うん!」
「やっと一緒に行けると思ったのになぁ……」
紅葉から小遣いを渡され、くれぐれも気を付けろと何度も言われ、玄関を開けた。
「なんで居るのかな」
「居ちゃ悪いかよ」
「やあ。似合うじゃないか」
思いがけず、幼なじみが立っていた。その事に度肝を抜かれ、彩は中也に真顔で問い、卯羅は太宰の袂を引っ張った。
 気を取り直し、祭りへ向かう。彩と中也を後ろから眺めながら、太宰と並んでぼんやりと歩く。
「混むから。ね?」
自然に手を握られ、困惑した。
「中也さん歩くの速いから!」
「手前が遅いんだろ!」
中也は乱暴に彩の手を引く。それで彩が喚かないのが珍しい。中也も其れを不審に思ったらしい。
「……手前熱でもあんのか」
「無いですよ!無いです!大変健康です!!!」
「はあ?訳わかんねぇな」
「本当中也って女心が解らないんだねぇ」
「何だよ手前はしゃしゃり出て来て!」
「中也さん!私焼きそば食べたい!」
「はあ?」
屋台を眺めながら何を食べようか。最初に焼きそばを入手したあと、彩はチョコバナナを片手に次は何れを食べようか算段する。
「治くん何か食べる?」
「りんご飴」
何れが善いか選ぶ。手に取ったのは同じ物。顔を見合わせて、少し照れる。
「何甘酸っぱいことしてんの」
「恋人っぽくて善いでしょ」
「太宰治がやると胡散臭い」
イカ焼きを頬張る中也を見て、甘酸っぱいことは期待できないなと、彩は直感した。
「中也さんはもう少し……もう食べてる姿可愛いからいいや」
「は?」
「中也さんはそのままでいいよ」
「ねえ花火見るの?」
「なら少し先の橋まで行こうか。彼処ならよく見える」
無言で手を差し出す、中也の手を握った。
「中也さんの手ゴツい……」
「何なんだよ手前はさっきからよ」
 橋は少し外れにあり、人気が無かった。中也と太宰が居なかったら近付かなかったろう。
「先刻は済まなかったね」
「ん?……嗚呼、治くん、気にしてるの?」
「余計な勘繰りをさせたろ?」
「平気。慣れたもの」
浪漫の欠片も無いかなと思っていたが、幼馴染だからこその雰囲気もある。
「ねえ!私の焼きそば!!!」
「なんだよ食うのかよ!冷めてるぞもう」
「だからって食べないでよ!」
「煩いよ中也〜少しは雰囲気に配慮したらどう?」
「何だよ気障野郎」
「鈍感な中也には解らないかも知れないけれど、隣に素敵な恋人同士が居るのだからさあ」
「はあ?何処に居るんだよそんなの。俺には間抜け面の気障野郎しか見えねぇけど」
結局またこの人たちは喧嘩をするのか。尾崎姉妹は毎度の事ながら、呆れた。
「にしても、花火ってのは一瞬だな」
「中也さん頭打ったの?」
「なんだよ詩的な感性は気に召さねぇか?」
「いやなんか……似合わないっていうか!さ!何で毎回会う度会う度花持ってくるの?!」
「別に善いだろ!つーかでけぇ声で言うなよ」
「珍しく今日は手ぶらで来たけどさ!」
いや違うだろ。卯羅は内心突っ込んだ。どう考えても、花代わりの花火だ。
「夜空に千切った銀紙でも貼ったみたいじゃねぇか。網でもって釣る下げんだ」
「ずいぶんセンチメンタルじゃあないか」
「こんな夜に手前と居るのが許せねぇ」
「それは同意見だ」
濃紺の空に燦然と咲く花火を眺めながら、誰も何も言わなかった。
ただ、こうして4人で居られるのも、後どれぐらいなのだろうか。其れだけが刹那、頭を過った。
 帰路への足取りは重い。終わったのとへの虚無か、疲れか。
「来年も来れたら善いねぇ」
珍しく太宰がそんな事を言う。中也は伸びをしながら、だなぁ、と賛同した。
「明日休みになんないかなー」
「ほんとな!というか休みたい!」
「明日休みになれば治くん、家泊まっていけるでしょ?」
「ねえ卯羅、母さんが許さないと思うよ」
二人を送り届けるが、何と無く別れが惜しい。
「さっさと入んねぇと風邪引くぞ」
「冬じゃないし!」
「じゃあ肌が荒れる」
「中也さんらしくない心配だね?!」
「じゃあ何だよ!」
明日、登校すれば会えるけれど、まだ余韻に居たい。
「治くん、明日ちゃんと来てね」
「嫌でも織田作に起こされるからなぁ」
太宰に抱きつきながら、頭を撫でられている妹を、見なかったことにした。
「じゃあな。ちゃんと風呂入って寝ろよ」
中也は彩の頭を優しく撫でた。
「拳骨じゃない!」
「そっちが善かったか?」
「いや……間に合ってます……」
太宰の方は切りがないから、中也が尾崎家の呼鈴を押す。
「おお、中也。送ってくれたのかえ?済まぬのう」
「いえ、流石に夜一人では歩かせられないので」
「お前らも気を付けて帰れよ?ほれ卯羅、太宰から離れろ」
じゃあね、と渋々離れる。二人の影が見えなくなるまで、姉妹は見送った。
「楽しかったか?」
「楽しかったよ!中也さんて優しいわ……焼きそば食われたけど」
「治くん綺麗だった……」
「なら善かった。風呂は沸いておる故、順に入れ」
二人が楽しんだのなら、其れで善い。
三人で祭へ行った頃より大きくなった背に、そう思った。

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