スマホの着信音で目が覚めた。まだ朝の四時。誰だろう。
「も、しもし……」
眠い。取り敢えず出るだけ出た。
『うら…しにそう……』
「治くん?!熱出たの?」
死にたがりの彼が死にそうって云うのも、可笑しい話だけど。楽に死にたい彼からしたら、苦しさしかない発熱は、地獄だろう。
「お熱何度?」
『測ってない……体温計何処だろ……ぅうん……探す……』
「食欲は?」
『……考えたくない』
相当出てる気がする。
「織田作は?」
『大学の、サークルので、居ない……』
ちゃんと布団を掛けて、布団虫でも何でも善いから成っているように伝え、ママの寝室に向かった。
「……ママ」
「ん……何じゃ、卯羅か。眠れぬか?」
「ううん。治くんがね、お熱出たって云うから、様子見てくるね」
「太宰がのう……世話の焼ける童じゃ」
薬の棚を漁って風邪薬を出してくれた。それから、私が提げていたポーチにお金を。
「お前の小遣いであいつの面倒を看てやる事は無かろう」
「でも……」
「小遣いは次のデートにでも遣え」
「ありがとう」
「帰るときに連絡するのだぞ?」
その言葉に頷いて、まだ少し暗い外へ出る。
途中のドラッグストアで、経口補水液を買ってく。
合鍵で開けると、リビングの入り口で布団の塊から、手が出ていた。
「ひっ───!」
流石に叫ぶかと思った。
キッチンに荷物を置いて駆け寄る。
「治くん何してんの?」
「卯羅の、足音聞こえたから……」
えへへと笑う頬が赤い。鼻も赤いし、目も潤んでる。可愛いけれどまずはお布団に戻さないと。身体を支えながら、寝台に誘導する。ころんと寝転がると、身体を丸めて、はぁっと大きく息を吐く。
「体温計……あった。なんでペン立てに入ってるの」
耳で計測するのはくすぐったいとかなんとか云うから、従来通り脇で。測ってる間に、お粥を炊く準備をする。部屋の隅で埃を被ってる加湿器を掃除して、水をいれる。
「鳴った」
「何度?」
「八度九分」
「よく生きてるね」
お互い低体温だから、辛さがよく分かる。冷凍庫から申し訳程度に入っていた保冷剤を取り出し、タオルに包む。それを脇に挟ませる。あとは、氷嚢と氷枕。
「咳は出ないの?」
「全く」
「なら、解熱剤だけで善いかな……お粥炊けてからお薬ね」
「うん……」
少しの会話も辛そう。なるべく話さないように作業に集中する。驚くほどに綺麗な冷蔵庫に食料を詰めて、製氷機に水をいれる。お粥はタイマーを掛けて、勝手に炊き上がるように。ついでに洗濯機を回しておく。
経口補水液と氷枕、氷嚢とを持っていくと、ありがとうと本当に小さい声で云った。
「少し飲める?」
「飲む……」
起き上がるだけでフラフラしてる。ペットボトルにストローを差して口許に持っていくと、少しずつ飲む。さして飲まない内にまた横になる。
「お洗濯物干してくるね。お部屋干しで善いかな、加湿にもなるし」
「……やだ」
「外干しして、治くん取り込めないでしょ?」
「そうじゃない……」
治くんが手を伸ばしてくる。布団から少しだけ、今の彼には精一杯。
「居て……手、繋いでて……」
「善いよ」
寝台に寄りかかって、手を握りながら甲を撫でる。
「おやすみなさい」
「……あのね、夜、織田作が、なんとか流星群が凄いから見てみろ、って連絡寄越したんだ……それ、見てた、ら……」
「お莫迦さん」
「本当に莫迦だよ……星ごときで……」
「そうじゃなくて、私に連絡くれれば善かったのに」
一緒に見てたら、熱出なくて済んだんじゃないかなあ。きっと、一人で見てるうちに寂しくなって、そのまま考え込んじゃったんだろうね。
「居てあげるから、寝よう?」
「うん……」
おやすみ、と呟くと鳶色の眼が隠れた。
意識が引き戻される感覚。気持ちが悪い。普段から眠りが浅いからだろうか。
ぼんやり目を開けると、藍色の髪が見えた。細く優しい手が私の手を撫でている。
「卯羅……」
「おはよ。よく寝てたよ。お粥炊けてるけど、どう?」
「食べる……」
するりと指が抜け落ちる。私は間抜けに手をそのまま伸ばして。
「お待たせ。重湯から、少しずつね。ちょっとお塩しようね」
「ありがとう」
さっきより幾ばくかは善いが、矢張身体は重い。枕を支えにして、ベッドに座る。
「先に水分補給して」
経口補水液を差し出される。看護師でも成るのかと問うと「看護師さんなんて、私にはできないよ」と笑う。口許に差し出される匙。少しとろみの付いた液体が、流れていく。塩分が身体に嬉しい。
「どう?お腹変な感じしない?」
「しない。もっと……」
子供のように強請ってしまう。重湯を食べきると、粥を少しよそってくれた。
「ゆっくり食べてね」
「……食べさせてくれないの?」
こうなったら、凡て強請ってしまえ。ちょっと呆れた様に笑って、隣に腰掛けた。匙で少し掬って、ふぅっと吹いて冷ましてくれる。
「はい、お口開けて」
器用に食べさせてくれると感心する。もし、君と結婚したら、こうやって毎日世話焼いてくれるのかな。阿呆らしい事考えるのも熱の所為だろう。
食べ終わると、薬を飲まされ、また横になるよう云われる。
「氷嚢変えてくるね」
離れて行くのが心細い。こんなに不安に成るものなのか。台所で嚢に氷と水を入れる後ろ姿。早く傍に来て欲しい。
「冷たい……」
ひんやりとした感覚が額から伝わる。
「お粥、よそってあるから温めてから食べてね。でも無理しないで。林檎剥いて一口大にしてあるから、食欲無かったらそれ食べて。お洗濯物は明日しまいに来るから、そのままでね」
帰ってしまうのか……途端に寂しくなる。
「寝るまで居ておくれ……」
「ちゃんと寝てられる?」
多分彼女が手を離した感覚で起きてしまう。けれど、いつになく寂しく感じる。
「寝付くまで居てあげる」
「……うん」
寝息が聞こえる。辛そうだった呼吸も、少しは和らいだ。
時折動く喉仏、上下する胸、すっと伸びる睫毛。ずっと眺めていたい。何処をどう見ても、美人。けれど、そろそろ帰らないと、ママに怒られる。最後に髪を一撫で。私だって名残惜しい。それから玄関に向かう。
「ありがとう……」
後ろから小さく聞こえた。
「また明日来るからね」
大人しく寝ててくれるかな。明日行くときは家で何か作っていこう。