治くんが私の手を握り返さなくて三日。
「治くんおはよう」
いつも通り治くんの隣に座る。
「治くんが蟹缶切らしてると思って買ってあるからね。今度、蟹炒飯作ってあげるね」
目の前の人は応えない。それで良い。まだ身体は暖かいのだから。
「お早う御座います、今日担当する看護師です」
お早う御座います、と返した。看護師さんは点滴の確認をして、勤務交代の送りを受けていた。
「自発も出てきて酸素化は良好なので、お昼の採血結果で抜管をする予定です」
聞き間違いで無ければそう聞こえた。管が抜ける。直接肺に酸素を送ってる管が抜ける。その刺激で起きるかも知れない。
「治くん、あと少し我慢してね。そしたらまたお話ししよう?」
指が少し握られたような感覚がした。
「余り思い詰めないでくださいね。貴女が倒れても本末転倒ですから」
「ありがとうございます……」
もしかしたら、はしたない事かもしれないけど、眠る彼の額に口付けた。
「織田作に連絡してくるからね、待ってて」
織田作にはもう看護師さんから連絡がいっていた。指定された時間には行くと云われ、それまで待つことにした。病院の喫茶室を待ち合わせの場所にした。
「尾崎」
「織田作先生、治くんただ寝てるだけな気がするの」
「尾崎、彼奴は意識が混濁しているんだ」
「解ってる。解ってるけど、何となく」
じゃあ何で指を離してくれなかったの?太宰治の事だから、自分で呼吸するのが面倒で、呼吸器に合わせてるだけ、とか。
約束の時間になったから、また病棟に戻った。私は初めて病状説明に同席した。先生は経過データと共に管を抜く理由を説明してくれた。
「あとは、抜いた後に意識が戻れば、ですね」
一番の問題だった。意識が戻らなかったら意味がない。
「なら、こいつが居れば何とかなる気がします」
いつもの少し呑気な口調で織田作が云った。
「管を抜いた直後はお話が難しいかもしれませんが、暫くすれば可能かと。それにしても、佳く此処まで回復してくれたと云いますか。それも此の速さで。普通、頚を絞めたとなると、管は抜けませんからね」
普段から校庭の木にぶら下がっているのが仇に成ったんだろうな。
「隣の待合室でお待ち下さい。終わりましたら、また私からお話をさせていただきます」