一緒

「太宰〜今日お前の家で呑もうぜ」
「ええ……面倒だなあ……少しだけだよ?二時間制ね」
講義が終わり、卯羅が待っているからさっさと帰ろうとしたら、同輩に呼び止められた。正直面倒だし、私的な空間に立ち入られるのも嫌だ。一番嫌なのは卯羅を知られる事だが。
卯羅に事情を連絡する。「じゃあ、お料理頑張るね」と、甲斐甲斐しいお返事。今日が休講日だからだろう。
「全く急すぎないかい?」
私含め五人。さして仲が善いわけでも無いのに。
「だって太宰ん家広いんだろ?」
「騒いだり粗相をしたら身ぐるみ剥いで追い出すからね」
途中、スーパーに寄り、酒を仕入れる。安酒ばかり。確かウイスキーが無くなりそうだった。日本酒も足しておこう。
「そんなに飲むの?」
「種類が渋くね?」
「別に酔いたいが為に飲んでる訳では無いからね」
卯羅へ甘いものを買っていこう。今日の罪滅ぼしに。
「ただいま」
「お帰りなさい!」
いつも通り、玄関先まで来て出迎えてくれる。エプロン姿。そしていつも通り、お帰りのキスをしようと、首に腕を回そうとする。「お邪魔しまーす」
後ろから聞こえた声に、彼女の鼻を指で押さえた。
「解ったかい?」
「解った」
彼らが帰るまで、いつものお約束、スキンシップは禁止。
「ちゃんと手ぐらい洗ってね。洗面所はそこ。少しでも物の配置を変えたら……解ってるよね?」
「……はい」
大方、彼らが来たのは卯羅目当てだろう。私からは口外していないが、弁当の様子などから察したのだろう。
リビングへ通して適当に座らせる。テーブルには既に箸付けが並べられてあった。
「気合い入れ過ぎだよ」
「だって、治くんのご友人でしょ?」
「君とも同年代だよ」
グラスを人数分。卯羅には適当に切り上げるよう云って、私も席に着く。まあ、卯羅はお給仕しなきゃ、と云っていたけれど。
「太宰の奥さん可愛いな〜」
「嫁さんじゃ無いよ、まだ」
「まだ?!」
「じゃあ結婚すんの?」
ちらっと卯羅の後ろ姿を見る。せくせくと、料理に勤しむ姿。「ゆくゆくは」
ガシャン
瀬戸物が割れる音。卯羅が珍しい。様子を見に行こうと、席を立つ。
「大丈夫かい?」
「……うん、平気……」
どこかぼんやりしてて、上の空で。破片を集める手が危なっかしい。
「卯羅、卯羅」
「……なに?」
「大方集めたろ。皆スリッパ履いてるし、細かいのは後でしよう」
それに頷いて、また仕度に掛かる。矢張手付きが危なっかしいので、隣で手伝う。
「これ終えたら、君もおいで」
「うん、行く」
最後の料理を持って卯羅が私の隣に。
「治くんお酒」
「ん」
私のを注いだついでに、他のにも酌をしようと回るから、手で制した。
「そこまで気を回さなくて善いよ」
「えー可愛い奥さんにしてもらいたい!」
「奥さんじゃ無いってば」
当人は顔を真っ赤にして、両手でグラスを持ったまま硬直している。
「卯羅、卯羅」
「ぁ……えっはい!何」
蕩けた眼を私に向ける。大方「奥さん」というのに反応しているのだろう。奴等さえ居なければ。きっと私は彼女を押し倒して愛でに愛でただろう。
「卯羅ちゃんは学部どこなの?」
「太宰が世話になってます」
「何で太宰と付き合ったの?」
「はいはいはい質問禁止。卯羅も彼等に律儀にしなくて善いからね」
独占欲、と云うのだろうか。妙に苛つきが顔を出す。
「治くん、怒っちゃ駄目」
いつもならそう云った後、頬に口付けてくれるのに。手を握っただけ。いや、それでも充分嬉しい。
「でもさあ、まだ婚約もしてないなら、まだ太宰のじゃ無いんだよな?」
「これ以上頭の悪い発言は止してくれ給え。知能指数が下がりそう」
誰かさんも含め、酔っ払いというのは何故こんなにも鬱陶しいんだ。というか、酔うまで飲む心理が解らない。
「太宰もモテるけど、卯羅ちゃんもモテるでしょ?」
「でも私、治くんとしかお付き合いしたこと無いよ?」
当たり前でしょ?とでも云いたそうに、首を傾げながら問う。私に問うた。
「中学で一度違うのと付き合ったろ、お互いに」
「でも三ヶ月だけだよ?」
「その話めっちゃ聞きたい」
大変食いつかれる。卯羅は話の続きを話そうとする。それを制止しながら、酒を煽る。あの時の事は思い出したくもないし、話したくもない。数ヶ月のすれ違い。九十日、他人として過ごした。たったそれだけだったのに、得たのは、この上ない苦しみと、それに比例する執着心と、愛しさ。
「というかねぇ、君たちに話しても理解しないだろう?」
「太宰の話は難しいからな」
「ほらね」
冷奴を口へ運ぶ。冷たさが頭に上った血を冷ましてくれる。卯羅は隣で糠漬けの味を確かめている。
「まだ床が馴染んでないかも……」
「卯羅ちゃん大胆だな〜!」
「莫迦かい?糠漬けだよ。そもそも君達、何時まで居座るんだい?」
そろそろ終電の筈だ。泊まると云い出されても困る。私だって卯羅との時間が欲しい。
「じゃあ俺、卯羅ちゃん送りがてら帰るから」
「は?駅まで四人で帰るだろ?」
「私どこも行かないよ?そもそも、治くん以外の男性に興味ないから」
そう云いながら、私に抱き着いて、可愛い笑顔で現実を突き付ける。
「飲み散らかした空き缶は持ち帰り給え」
三人を玄関まで見送り、リビングを片す。さっきの破片を掃除機で吸い集め、食器を洗う。
「済まなかったね」
「ううん、善いの。治くんにも、ああいうお友達が居るって解って、安心した」
片付けが終わると焙じ茶を淹れてくれた。そうだ、彼女に甘いもの買ってきたんだ。
「罪滅ぼしのアイス」
「ありがとう!これ食べたかったんだ!何処にも売ってなくて……」
「凄く人気の様だからね」
紅茶のアイス。二種類の紅茶を混ぜ、風味がとても善く、味が濃いと云う。嬉しそうに頬張る姿を見ていると、棘が生えたような心が、丸くなっていく。
「治くん、あーん」
差し出された匙を素直に頬張る。成程、これは完売も頷ける。
「美味しい」
「治くんも自分の買ってくれば善かったのに」
「でもきっと二つとも君にあげる気がする」
「何で?」
「可愛い恋人だから」
またポンッと顔が紅くなる。
「さっきの思い出しちゃったじゃん!」アイスを置いて、押し倒す勢いで抱き着いてくる。「あの言葉、本当?」
私の上で寝転び、顔を背けながらも、溢れる感情を伝えようとする彼女の頭を撫でる。今すぐにでも、婚約したい。可愛い、愛しい卯羅を、自分の伴侶だと宣言したい。
「卯羅はどうしたい?」
「私は……っ、治くんの、お嫁さん……成れたら、嬉しい……治くんのに成りたい……」
云わせないで!と顔をどんどん隠す。
「解った。考えておこう」

翌日。
一番手軽そうで、卯羅の好きなキャラクターのおまけが付いた、結婚雑誌を購入してから帰宅した。
先に付録だけ渡して、雑誌自体は隠しておけば善い。どうやって申し込もう。指輪は同棲を始めた頃に、既に買ってある。
「卯羅、書店で君の好きそうなオマケが──」
私の声に顔を上げた卯羅。手に持っているのは、私が買ってきたのと同じ雑誌。
「あっ、これは、その、付録が……欲しくて……」
「ふふっ……はははっ」
「何?何、どうしたの?」
テーブル上の紙袋と同じ袋から、雑誌を取り出す。
「尾崎家への挨拶、いつ行こうか?」

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