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産気付いた嫁を前にして珍しく挙動不審になっていた。
一先ず、与謝野女医に連絡を入れ、社用車を飛ばして女医の元に向かった。見たこともない苦悶の表情。前職でどんなに大怪我をしても、私の手当てを優先していた、救急箱とは思えない。
「どうすんだい?暫くすりゃあ産まれる。頭がもう見えそうだよ」
女医は私に決断を迫った。“立ち会うのか”と。私は頷いた。
術衣に着替え、妻の手を握る。声は掛けられなかった。どんな言葉が適当か、考えていたけれど、思い付かなかった。
「苦しかったら異能を使って。私が居るのだから」
息は荒く、痛みに耐えながら、頷く。
「さあ、始めるよ」
其処から数時間。私の腕を掴んでいた手は、背を抱き、爪を立てている。頭を抱いて、背を抱き締めた。耳元で何時もと違う、呻くような声が聞こえる。
「佳いよ。君が一番楽なようにして」
申し合わせた様に、互いに異能を使う。使わなかったら、私でなければ、確実に頸椎と肋骨を殺られていた。
「あと少しだから気張りな!」
其処からは一瞬だった。夢中だったからかもしれない。私たちは一児の親になった。女医に抱かれた男の子。大きく口を開けて泣いている。
「可愛いじゃないか、ええ?ほら、太宰退きな」
卯羅に赤ん坊を手渡す。解っているかの様に乳を吸わせる卯羅。
「可愛い……治さんの赤ちゃん……」
「名前は決めてあるのかい?」
「修治、太宰修治」
少し得意になって言った。修治はもう乳は要らないというように、乳から口を離して、欠伸をした。
「治さん、見て?」
一寸だけ、触れてみた。暖かくて、小さくて、私なんかが触って善いのだろうか?
「6月19日午前4時42分。第一子出産。暫くは入院だね。後で出産証明やら書類出してやるから休んでな」
ぐっすり眠っている修治を助産師に渡す。
「そっか今日って治さんの誕生日だ……」
「素敵な贈答品だよ。これ以上ない。ありがとう」
妻を労った。私の煩わしい日に、少しばかり、陽が射した。

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