どうしよう、誤魔化せなさそう。
吐き気が襲ってくる。所構わず。此れが悪阻かと確信した。勤務中も、医務室で仕事をする時間が多くなった。
今日もだ。医務室に行こうと、端末、資料を纏めて席を立つ。
「卯羅?」
治さんに腕を掴まれた。
「ねえ、どうしたの?最近、君おかしいよ」
冷や汗が伝う。こういう時に限って、与謝野先生は外に出ている。
“こういう時”じゃない。
治さんは今を狙ったんだ。家では寝たふりをしたりして、誤魔化していた。今はそうもいかない。
「少しふっくらした気がするし、それは君が増えたって事だから善いけど、出掛けの誘いも断るし、寝てる事が多くなった。夜の相手もしてくれないし」
この男は、一ヶ月騙されてるふりをしていた。
「まさかとは思うけど」
次の言葉が怖くて、震える。
「太宰」
治さんの肩に黒い手袋をはめた手が置かれた。それを辿るように、置いた人物の顔を見る。
「女医、早い御戻りですね」
「あんな雑魚、殴れば一発だよ。卯羅、太宰、ちょっと顔貸しな」
スツールを二人並べて、先生と向き合う。
「何故、女医が夫婦の問題に口を?」
治さんの口調に体が僅かに跳ねた。相手を言葉で食らう声色。
「今は医者としてあんた達と接する。良いね?」
それに臆することなく、先生は私達を見据える。
「太宰、卯羅は妊娠している」
彼の顔を見れなかった。けれど気配で、身を硬くした事は伝わってきた。
「卯羅、本当かい?」
私の座るスツールをくるりと回し、強制的に向かい合う。相変わらず私は俯いたままで、両肩を掴まれ、顔を覗き込まれても、逸してしまう。
「卯羅、ちゃんと答えてくれ」
「治さん……」
言葉が、続かない。代わりに涙が溢れる。彼の返事を、花占いでもするかのように、ポロポロ、ポロポロ。
「お腹にね、赤ちゃん、居るの……」
こんな簡単な事が、云えないなんて。彼を信頼してないみたいで嫌。でも不安が大きかったのは否定できない。普通の夫婦が純粋に歓び合える事を、私達は素直に歓べない。
「もし、ね、治さんが、要らないって、云うなら、私、私……」
「産んでくれ……堕ろすだなんて云わないで?」
治さんがそっと、私のお腹に手を置いた。
「此処に、私の子が居る」
感慨深そうに、目を閉じた。それから私を抱き締めて、耳元で優しく「一緒に育てよう」
「だったら太宰、ちゃんと云ってやんな」
与謝野先生が、診療録で治さんの頭を小突く。「こいつがどれだけ腹括って話したか」
「屑男の言い訳にしか聞こえないだろうが、云わなかった事に関しては、謝っても謝罪しきれない。でもね、嬉しいんだよ。心の底から。君が半分、私が半分、そんな子が産まれる。君の素敵な部分が引き継がれた子。大好きな卯羅が、小さい卯羅が出来るような感覚だね」
「じゃあ、小さい治さんだね」
彼の言葉に簡単に絆される。単純、だけど怒っても仕方ないし、何より、子が欲しいと云わなかった彼が、現実を突きつけられ、それを承諾した。それ以上に信じるものは無い。
「月一回の検診は、妾が手伝ってる病院にするかい?都合付けて診れやれるよ」
「そうしたいです、少しでも安心したいから……」
与謝野先生は頷いて、もう行って善いと云うように、手を振った。
事務室に戻ると、皆が何事かと固唾を飲んでいる。
「太宰さん、何したんですか……?」
敦くんが恐る恐る訊いてきた。
「ん?何ね、嫁に何も云わないで、勝手なことしてまあうん、怒られた」
「はあ……」
まだ公にしないほうが善いと、旦那は判断した。安定期に入るまで、何があるか解らないと。
「ふふっ……」
「何が可笑しいの?」
「だって、治さんが慎重なんだもん」
そうやって思ってくれる事が嬉しい。大事にされてるんだと実感できる。なら、この子をちゃんと産んで、それに応えよう。