日に日にお腹は大きくなる。
性別も判った。男の子。きっと治さんに似た、可愛い男の子。
それにしたってお腹は重く、仰向けで寝るのが辛い時がある。胎動を感じるようになってきて、余計に気を使う。「此処に命がある」と何時如何なる時も実感する。
もうすぐ七ヶ月になろうかという夜。
治さんは仕事で遅くなると云ってた。彼の夕食は卓袱台に蠅帳を被せて置いてある。先に寝ててごめんなさい、と書き置きを添えて。
全く寝付けない。目を瞑ると、色々な音が頭に反響する。どうにか眠ろうとコロコロ寝返りを打つ。こんな時ほど居て欲しいのに。我儘だとは解っているけど。無理矢理寝ようと、布団に潜る。
何処からか、赤ちゃんの泣き声がする。それに釣られて目を覚ますと、知らない男が立っていた。
「誰……?」
怖くて異能を手に忍ばせながら、尋ねる。ちゃんと玄関の鍵は掛けたはずだ。泥棒、強盗?それとも前職の因縁?
「お前は何の権利があって子を孕んだんだ」
その男──いつだかの夢で女性と口論をしていた男は、私の胸倉を掴む。「お前のような化物が子供など遺すな。何のためにお前を棄てたと思っている!」
「なん……で?」
困惑して云い返せないで居ると、男は次々に罵声を浴びせてくる。私を棄てた?ならば、この男は、私の……
意識が混濁する。私は、このお腹の子は、居てはいけないんだ。私は望まれなかったんだ。この子もそうだ、そうなんだ。
弟切草が咲いた。無意識に手が動く。
「卯羅!」
手首をグッと掴まれる。その感覚に身体を震わせ、異能を解く。ううん、異能は解かれた。
「卯羅、卯羅、大丈夫?」
長い指が私の頬を撫でる。布団を剥がされ、熱から解放される。
「あ、れ……?」
男は居ない。居るのは私と治さん。同じ目線になろうと、身体を起こす。
「治さん……?」
「悪い夢を見たんだね?済まない、独りにしてしまった」
夢……?じゃあ、あの男は幻。私は明晰夢でも見ていたのだろうか。でも、もし、あの男が本当に、私の父親だったら。
「怖かったね……もう安心しておくれ、帰ってきたからね」
「治さん、あのね、私、棄てられたの」
「……うん」
治さんは、遠慮がちに応えた。それもそうだろう。彼は凡て知っている。
「でね、あのね、私は居ちゃいけないって。だから棄てたって」
そこまで云うと、治さんが抱きしめてくれた。玄関に散らばる紳士靴が見えるあたり、相当急いでくれたんだ。
「ねえ、私は化物なの?お花で、人を苦しめる私は、居ちゃいけないの?私を産んだ人も、そう思ったの?」
「卯羅、一度深呼吸して。うん、善い子だ。君が化物?誰だい、そんな事云ったの。こんなに愛らしい君が化物で有るはずがない。もし、異能力者が化物だと云うなら、私も、姐さんも、国木田くんも、なんなら社長だってそうだよ。そうだろ?化物からしたら非異能力者が化物だよ。それに、そんな幻影の男の言葉なんて信じなくて善い」
「でも、その人、私のお父さんでしょ?」
髪を撫でる手が止まった。それからぎゅっときつく抱きしめられた。
「あんなの、父親じゃないよ」
実感の籠もった様な云い方。
「もし、この子も、この子を、愛せなかったら、私、もう……」
「卯羅」
両頬を両手で包まれる。そして、確り自分を見ろ、と顔を固定される。
「君が今、こうして私の傍に居るのはどうしてだか、解る?」
「治さんが、望んだから……?」
笑いながら、違うよ、と頭を振った。
「君が母親に愛されているからだよ」
母様に愛されている。
私は、愛されているんだ。あの素敵な母様に。女手一つで育ててくれた母様。
「大丈夫、このお腹の子がどんな子であれ、私達は愛せる」
「本当に?」
「だって、君は、君が姐さんから注がれた愛情を、私に注いでくれたじゃないか」
治さんが顔を綻ばせる。そうだろ?と云うように片眉を上げて、悪戯に。
「私も君も、大丈夫」
「私も、大丈夫」
大丈夫、大丈夫だよ、と背中を擦りながら、身体を横にしてくれた。
「さ、君はお休み」
私に姿が見えるように卓袱台に着く。
「おやすみなさい……」
「眠れなかったら、話しかけておくれ」
「ううん。治さんが居る音がすれば、平気」
「そうか」
それから暫く、今日の仕事の話を聞かせてもらった。それを聞いているうちに、睡魔が襲う。
おやすみ、と手を振る主人に手振り返して、私は再び眠りについた。