「治さん見て見て」
「何?」
仕事へ行く支度を二人でしてたら、胎動が激しい。手の形が見えるのが面白くて、治さんに見せた。はち切れそうなお腹を眺めながら、タイを通す手が止まる。
「手?それ……」
「うん。赤ちゃんの手」
嘘だろ?と私のお腹を色んな角度から眺める。
「穿孔とかじゃなくて?」
「ううん。これで正常。ほら、パパが心配してるよ?」
流石に手形がくっきりするまで押されると痛いけど、それだけ元気なんだから嬉しい。
「お仕事中は大人しくしててね?」
「それで大人しくなったら凄いよね」
本当にそれっきり。心配になる程静か。お腹の中でぐるぐるするような感覚すら無い。
「静かになったよ……えっ大丈夫?生きてるかな?」
寝たのかな……マイペースな赤ちゃんだなあ、って思うけど、治さんの子だからそうだよね。
「卯羅、鞄持つよ」
「平気だよ?」
「お腹に中るの怖くないかい?」
「大丈夫、そんなに赤ちゃんも柔くないよ」
「しんどかったら直ぐに云うんだよ」
「甘える」
階段を降りる時は、少し前を歩いてくれる。早く歩きたいだろうに、歩幅を合わせてくれる。
「麗らかな日だねぇ」
「駄目だよ、御仕事だからね」
手を繋いで歩く。出勤途中なのに、そんな感じがない。
「あともう少しだね」
「お名前決めなきゃ」
結局、なかなか決まらなくて、今の今まで「おちびちゃん」と呼んでいた。
「そうだ、国木田くんに選んでもらう?彼、教師だったし」
「いや……国木田さんは色々凄くなりそう……」
「なら、社長?」
「うーん……」
一つだけ、お願いを聞いて欲しかった。男の子だったら、そうしたいと。
「あのね、治さんの字を使いたいの」
「治、の字を?」
「うん。私その字、大好きなの」
治さんらしい字だから。彼の子である事を、忘れないで、誇りに思って欲しい。父親がどんな男であるか。男の子には一生付きまとうだろう。
提案された本人は、少し言葉に詰まった。
「善いだろう」
少し考えて承諾してくれた。一瞬表情が雲っていた。本当は乗り気では無いのだろう。
「自分の名前をそう考えたことが無くてね」
「治さん、って呼ぶの好きなの。この字を書く瞬間さえ愛しい」
「なら、名前を洗いざらい出そう。それから、一番しっくりくる名前にすれば善いかな」
「名付けって難しいね」
「私は卯羅の名前が大好きだよ。字面からして愛らしさが伝わる」
出社して、端末を起動する。回線に接続してまずは『赤ちゃんのお名前辞典』
「いやあ、国木田くんがお休みで善かったよ」
「まず電子手紙確認とかさ……」
「それよりも重要だろうに」
こうなったら治さんは梃子でも譲らない。急ぎの仕事は無かったはずだから、まあ善いか。
「うーん」
治さんが頭を捻って悩むなんて。それだけ名付けって難しい。
「ねえ、この字はどう?」
メモ紙に流麗に書かれた「修」の文字。
「修める、整える、身につける。どうだい?」
「凄く素敵」
「これに私の治を合わせて……」
“修治”
可愛い可愛い私たちの息子。その名前。最初の贈り物。
「今日からこの子は修治だ。太宰修治」
「修治」
どんな子になるだろう。元気に産まれて欲しい。今はそれだけ。名前を貰って嬉しいのかな、またお腹を押し始めた。
「もう少しだからね。待ってて、修治」